僕の声は低くて、小声だったから彩さんの耳元にすべて届いていたかどうかはわからない。不思議な会話だった。

そんな(おぼ)(つか)ない会話に嫌気がさしたのか、彩さんは急にベッドから降りてきた。そして僕の蒲団(ふとん)のなかに入ってきた。

僕はビックリして、飛び起きた。

「ど、どうしたの?」

「だから、言ったでしょ! 寝れないからあんたの蒲団に入るよって」

「やめてよ。そんな目的でここに泊まったんじゃないんだから」

「わかってるよ、そんなこと。大丈夫。あんたに迷惑なんかかけないから。静かに寝るよ。あんたも早く寝て」

僕は、蒲団に座ったまま途方に暮れた。僕の平常心を乱すかのように、雨音と風が雨戸を強く叩いた。

「わかったよ。寝るよ。十二時になっちゃうから」

仕方なく僕は、そう言って場を収めた。彩さんは、目を閉じていた。寝ているわけはないだろうが、寝るしかない。

「とにかく、もう寝よう」

僕はまた独りごとのように呟いた。彩さんは、わざと後ろ向きに寝た。僕も後ろ向きに寝た。雨音が相変わらず激しく僕らを包んだ。

部屋はほの暗かったが、内部のたたずまいは、把握できた。本当なら相手の寝息が気になるところだが、雨音でまったく聞こえない。たぶん、彩さんは寝てないだろう。

そのとき、突然、誰かの手が触れた。振り返ると彩さんが目は閉じたまま、僕の背中に手を置いていた。

僕はわざと無視した。すると、今度は僕の横腹辺りに手を移動してきた。それでも僕はじっと我慢した。

今度は寝息が僕の顔に近付いてきた。彩さんの顔が近い。それでも、僕は無視し続けた。

※本記事は、2020年11月刊行の書籍『心の闇に灯りを点せ~不思議な少女の物語~』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。