もう一度あの本を手にしてみたい。老境に入った頃から、しきりにそう思うようになった。

とは言え本の名前も、いつどこから出版されたのかもわからない。どうしたら見つけることができるだろう?

ある日ふと思いついて井の頭線の駒場東大前に日本近代文学館を訪ねた。

係の人は、私の取りとめのない説明を丁寧に聞いてから奥に引っ込むと、二十分ほども経って数冊の本を抱えてきた。

「多分、これでしょう」

臙脂と紺色の背表紙、まさにあの本だ。

「ああ、これっ、これです!」

私の頓狂な声に係の女の人は笑いを漏らした。

『小学生全集』、大きさはB五判で厚さは三センチほど。奥付には、昭和二年から四年にかけて菊池寛の監修のもとに出版されたとある。

臙脂の背表紙は初級用、紺の背表紙は上級用、別冊と合わせて全部で八十八冊あった。裏表紙にイトウ、コワグチ、ヤマシタなどと、寄贈者の名が記されているものもある。

どれも色褪せ、うっすらと汚れがつき、何冊かは表紙の角が欠けてパラフィン紙で保護されている。まるで終の棲家に辿り着いて静かに眠る老いた人のようだ。

これから先、何人がこの本を手にするだろう。私はしばらくここに通って、全部に目を通すことにした。

文学館の落ち着いた閲覧室で、私は日常を忘れ、平成も昭和も一気に飛び越してしまった。

※本記事は、2021年2月刊行の書籍『昭和の残り火』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。