でも覚えていてくれて、少しだけど嬉しかった。それから何人か、共通事項になりそうな名前を出し合ったが、接点以上には至らなかった。

「ごめんよ。閉店間際だったね」

「いえ、全然、かまわないです」

「ここ、牧森さんがひとりで任されてるの?」

「はい。というか、一応、わたしの家ですから」

「そうなんだ。ごめん、失礼なこと言って」

「全然気にしないです」

「……いい店だよね」

園井はぐるっと顔を巡らせた。

「慌てて言ってくれなくても大丈夫ですよ」

私はくすっと笑って答えた。

「いや、そういうんじゃなくて……本当にいい雰囲気だって」

「ありがとうございます。……園井さんも、スーツよく似合ってますよ」

お……今、自然に褒め言葉が出てきたじゃん。こういうのって、やっぱり相手によるのかな。とりあえずは小さな成長だ。

そうかなあ、と照れた園井は、ぬるくなった珈琲に気付いて手を伸ばし、口をつけると一気に飲み込んだ。

「ごちそうさま」

閉店時間が過ぎていることを思い出した園井は、上着の内ポケットから財布を取りだしながら立ち上がった。

「あ、ありがとうございます」

また高校の話に戻るのかと思っていた私は、いきなり会話が終了になる準備ができていなかった。

「……また、来てもいい?」

「もちろんです」

私は営業笑いではなく、高校時代によく笑っていた顔になって見送っていた。

※本記事は、2021年2月刊行の書籍『小節は6月から始まる』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。