福井藩医の娘が、藩の危機を回避すべく活躍する痛快時代小説
男子として育てられたお転婆な福井藩医の娘が、父の仇討ちと藩士の謀反制圧をともに果たす痛快時代小説。
江戸の藩主に謀反計画を伝えるため、追手とせめぎ合いつつ、険しい高山を越えていく主人公、百合。
百合を中心に、血気盛んな若い藩士たちが、長年培われてきたい親世代の英知と経験を学んで成長していくビルドゥングスロマン。
江戸の藩主に謀反計画を伝えるため、追手とせめぎ合いつつ、険しい高山を越えていく主人公、百合。男子として育てられたお転婆な福井藩医の娘が、父の仇討ちと藩士の謀反制圧をともに果たす佐々木祐子氏の痛快時代小説『遥かなる花』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、紹介します。
これは聡順にとって、驚きの言葉であった。何より妻として、また母として女の鏡のような深雪の言葉だったことが聡順の驚きを激しくしている。
小幡家には三人の子供がいる。長女の綾菜は十六歳になり、姿も性格も妻によく似ている。
子供の頃から大層美しく、優しくそれでいて芯のある娘で、聡順も深雪も育てるのに一度も苦労したことがなかった。唯一の心配は体が弱いことで、小さい頃からよく病気をしたし、今もどこか安心しきれない儚さがまとわりついている。
しかし今は小さい時からの許嫁である藤堂健一郎との婚約も整い、眩しいほどに美しく花開いている。
長男の聡太朗は当年とって十四歳。小幡家の跡取りである。父の手ほどきで、小さい頃から剣も学問も人並み以上に鍛えられてきた。
体つきは最近めっきり逞しくなってきたが、まだまだ子供である。どちらかというとじっくり物事を考えるたちで、あまり早計に意見を口にしたりはしないが、このところ妙に学問の内容などで突っ込んでくるところが、むしろ父を面白がらせる。
まあもう少し様子を見るしかあるまいと聡順は鷹揚に構えている。
そして末娘が件の百合である。これは他の子供すべてのやんちゃを一身に背負って生まれてきたような娘で、小さい頃から家で大人しく人形相手におままごとなぞしたことがなかった。
その代わりに百合が好んだのは、野山を駆け回り、薬園の手入れをしてくれている権爺のそばで泥をこね、木に登り、川で魚を取り、四歳年上の兄やその友達の藤堂健吾を相手に棒を振り回して剣術の真似事をすることであった。
細い体はおそろしく敏捷で、少しもじっとしていない末娘を、しかし聡順も深雪もあまり気にすることもなく十歳の今日まで苦笑しながら見守ってきた。
※本記事は、2021年2月刊行の書籍『遥かなる花』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。
【登場人物】
小幡百合 小幡家の末娘。明るくて元気で知りたがり屋。物凄いお転婆。
小幡聡順 百合の父。富山藩の藩医。医学・本草学に造詣が深く、藩主も頼りにするほど。
小幡深雪 百合の母。聡順の妻。
小幡綾菜 百合の姉。体が弱いが美しく優しい。百合のよき理解者。
小幡聡太朗 百合の兄。小幡家の跡取り。
藤堂健之助 聡順の親友。剣道場徳明館の主。
藤堂健一郎 健之助の長男。綾菜の許嫁。
藤堂健吾 健之助の次男。聡太朗の親友。
藤堂静江 健之助の妻。
権爺 もと杣人足の頭。今は小幡家で薬園の世話をしている。
志乃 権爺の孫。
木村智則 小幡聡順の従兄。八尾で開業している医師。
木村智直 木村家の長男。小幡家で内弟子として研鑽に励んでいる。
佐々木高悦 小幡深雪の兄。加賀藩の御殿医。
佐々木高琳 高悦の長男。
井上陽堂 小幡家の内弟子。聡順の代脈を務める。
小池新之丞 藩の組頭小池新左衛門の長男。若い連中の集まりの首謀者。剣の使い手。
田口康成 新之丞の従弟。父は小池新左衛門の弟田口新之輔。
橘主膳 勘定方の河川改修の部署に務める。
橘膳次 橘主膳の次男。新之丞の仲間。
三宅慶三郎 藩の目付三宅慶衛門の三男。新之丞の仲間。
佐藤栄二郎 藩の奉行佐藤栄蔵の次男。新之丞の仲間。
うめ 小幡家の女中。
佐枝 小幡家の女中。
とよ 小幡家の女中。
良吉 小幡家の下男。
左平 立山堂の板橋支店の支配人。