これは聡順にとって、驚きの言葉であった。何より妻として、また母として女の鏡のような深雪の言葉だったことが聡順の驚きを激しくしている。

小幡家には三人の子供がいる。長女の綾菜あやなは十六歳になり、姿も性格も妻によく似ている。

子供の頃から大層美しく、優しくそれでいて芯のある娘で、聡順も深雪も育てるのに一度も苦労したことがなかった。唯一の心配は体が弱いことで、小さい頃からよく病気をしたし、今もどこか安心しきれないはかなさがまとわりついている。

しかし今は小さい時からの許嫁いいなずけである藤堂とうどう健一郎との婚約も整い、眩しいほどに美しく花開いている。

長男の聡太朗は当年とって十四歳。小幡家の跡取りである。父の手ほどきで、小さい頃から剣も学問も人並み以上に鍛えられてきた。

体つきは最近めっきりたくましくなってきたが、まだまだ子供である。どちらかというとじっくり物事を考えるたちで、あまり早計に意見を口にしたりはしないが、このところ妙に学問の内容などで突っ込んでくるところが、むしろ父を面白がらせる。

まあもう少し様子を見るしかあるまいと聡順は鷹揚おうように構えている。

そして末娘がくだんの百合である。これは他の子供すべてのやんちゃを一身に背負って生まれてきたような娘で、小さい頃から家で大人しく人形相手におままごとなぞしたことがなかった。

その代わりに百合が好んだのは、野山を駆け回り、薬園の手入れをしてくれている権爺ごんじいのそばで泥をこね、木に登り、川で魚を取り、四歳年上の兄やその友達の藤堂健吾を相手に棒を振り回して剣術の真似事をすることであった。

細い体はおそろしく敏捷で、少しもじっとしていない末娘を、しかし聡順も深雪もあまり気にすることもなく十歳の今日まで苦笑しながら見守ってきた。

※本記事は、2021年2月刊行の書籍『遥かなる花』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。