冒頭でも少し触れた友人宅などをベース・キャンプに連泊で滞在し、京都、奈良、山陰方面を周遊した旅でした。旅が中盤にさしかかった頃、東京から友人が後追いしてきて、彼が道連れとなります。

貴船から一山越えて鞍馬へと至り、昼食を済ませてからはまた徒歩でさらに大原へと向かいました。

この辺りは東海自然歩道とされてはいるものの、舗装道の占める割合も低くはなく、カメラ機材で軽くはない荷も加担して、次第に足腰に疲労が溜まっていきます。

もう大原も目と鼻の先となった頃合いだったでしょうか、登山姿だった私達が物珍しかったのでしょうか、ひとりのおばあさんが声をかけてきました。

手には庭でもいだという枝つきの柿が握られ、「よかったら、途中で喉が渇いたら食べなさい」とそれを手渡してくれました。

水戸黄門の時代ならいざ知らず、今は何処にでも自販機があり、その柿は私達にとって特にありがたいものではありません。メジロのように飢えているのでもありませんし。

ただ、ほんの小さな心遣いと旅先でのこうした出会いが、長かったこの旅に彩りを添えてくれました。そのおばあさんが現在もご健在なのか、それさえわかりません。おばあさんと何処かですれ違ったとして、顔も忘れてしまっては素通りするのがオチでしょう。

ですが、30年近くが経過した今でも、おばあさんと柿のことは忘れていません。柿の鮮やかな色と光沢、それはそのまま私の脳裏に刻まれているような気がします。

結局その柿を食することはありませんでしたが、この話とともに友人宅への土産となったのです。

落柿舎での一時が本当にタイム・スリップさせたのは、私の心であったのです。

※本記事は、2020年12月刊行の書籍『旅のかたち 彩りの日本巡礼』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。