あれっ、前歯一本にとってこの曲はなんだか懐かしかったのだ。昔、聞いた事がある。いや、最近も小さな子供が歌っていたのを、ざわざわと思い出してきたのだった。その二秒後には田畑さんのオカリナの音色と一緒に前歯一本は楽しそうに歌い始めていた。

あまりにも息が合い前歯一本は滅多に見せない屈託のない少年にタイムスリップしていた。田畑さんもあんなに恥ずかしそうにしていたのが嘘のように誇らしげに吹いている。

体の上半身をゆるやかに動かしてオカリナと一体化しているようだ。

オカリナの音色がぴたっと終わると静寂な空気に一変した。田畑さんも練習をずっとひとりでしてきたので前歯一本との一緒のハーモニーに驚くとともに充実感に酔いしれていた。ほんの少しすると前歯一本は田畑さんの目を真剣に見てこう言った。

「どうだい、みんなの前で吹いてみようぜ。喜ぶぞ。暇で暇で刺激のない患者らに聞かせてやろうぜ、どうだい?」

急に言われてもそんなことは考えたこともなく驚いて、田畑さんはただ目をパチパチ、そしてまた、パチパチとさせ、無言でいるのだった。

「よし、明後日の午後二時からレストラン・菜で、オカリナ演奏会なんてどうだい?」