改善に向けての模索

重苦しい雰囲気が漂い、皆下を向いて黙り込んでいた。

製造部長の山田はこのようになることを予想していたのかおもむろに口を開いた。

〈山田 〉設計課長の佐藤君を呼んでくれ。

石川は会議室の隅にある電話をとり佐藤を呼び出すと、

〈石川 〉石川です。今製造課のコストダウンについて話し合っているのですが、なかなか糸口が見出せないでいます。山田部長から佐藤課長を呼ぶようにとのことですので、会議室までご足労お願いします。

佐藤はどんな話になるのか分からないので、取り敢えず資料は持たないでメモ用のノートを持って会議室に向かった。

一同が席に着いたところで山田は一枚の紙を取り出した。

〈山田 〉先ほど製造課の係長3人が約2時間かけて3工場を回り、現場で何かコスト低減の糸口はないかと視察してきた。結果、何も見つけることはできなかった。現場はいつもの通りキチンと稼働している。多分私が見ても同じことだったかもしれない。要するに我々は、現状を改善するということについて今まで何も勉強したことがない。つまり現場を見る本当の〝目〟を持っていないということだ。したがって何が良くて何が悪いのかの区別がつかない。このままでは何日、何カ月たっても現状と何ら変わらないということだ。そこで設計を含めた5人で勉強を行う。私も含めてだ。たまたま先日ダイレクトメールでこんな講習会の案内があった。

ここで山田はコピーしてきた用紙を各自に一枚ずつ配り話を続けた。

〈山田 〉株式会社ブレークスルー・コンサルタント。現場の改善・改革や設計のコストダウンをやっていて、一流企業などでも実績を上げている会社のようだ。キャッチフレーズに〝外科的指導〟とある。どういう意味だかハッキリとは分からないが、内科的な診断ではなく、〝キッタ、ハッタ〟の荒治療をやるんじゃないかと思う。我が社はこれくらいのことをやらなければと思い、直接現場指導に入る前に知識として勉強をすることにした。

日程はそこに書いてある通り2週間後の9月23日と24日の土日2日間だ。連休でいろいろと予定を立てていたかもしれないがキャンセルしてこちらを優先してほしい。実は私もこの2日間に家族旅行を計画していて既に予約もしていた。先ほど家内に電話してキャンセルするように伝えた。不満タラタラで怒られ、私抜きで行ってくると言われた。総務の方には既に申請を出してある。

石川は、子供がいないので妻と温泉旅行に行くことになっていた。一瞬困った顔をした一同は、部長も旅行をキャンセルしたのであれば我々も予定を中止せざるを得ないと諦めの境地であった。

山田はさらに続けた。

〈山田 〉講習会で勉強してからでないとハッキリしたことは言えないが、10月以降にブレークスルー・コンサルタント社の指導を受けようと思っている。

席に戻った石川は早速妻に旅行のキャンセルを伝えるために電話をした。予想していた通りに妻からは怒りの返事で、途中で電話も切れた。帰宅後にさらに言い争いになるのではないかと憂鬱になった。

この講習会の話を聞いた経営企画室の長田は、自分も勉強したいので一緒に参加することを申し出た。

外の嵐は一向に衰えることはなかった。帰宅の交通機関の影響を考慮して、本日は1時間早い午後4時で全員仕事を終えることとした。幸いまだ交通の大きな乱れは出ていなかった。