Prologue

ランゴバルトは魔王の支配する大国だった。

肥沃(ひよく)な土地に位置したその国は、農業が発達し、豊かな鉱山の恩恵に恵まれて、かつては周囲の国々とも友好な関係を持っていた。少なくともランゴバルト暦1528年までは。

幼い頃から賢者と(うわさ)されていた王子、ラルス・ジーモンのランゴバルト国王への即位は、国内や周辺の国々をはじめ、(はる)か遠方の国まで祝福で迎えられた。隣国同士の領土争い、小競り合いを裁く彼の知恵によって、ますます世界は平和の恩恵を授かるだろうと信じられていた。

ラルス・ジーモンが即位して三年間の平和な時代には、周辺諸国のすべての城内、貴族の邸宅、さらに東西のあらゆる国々の城の大広間に、新国王ラルス・ジーモンの肖像画が(かか)げられていた。友好関係と王族同士の婚姻(こんいん)関係、同盟の忠誠の証に、互いの王とその家族は自らの肖像を贈りあった。

ところが、彼の即位から三年後、ランゴバルト国は突如として強大な征服国へと豹変(ひょうへん)した。永く続くと思われた平和は突然幕を下ろし、その後わずか五年の間に周辺の四十に及ぶ国々を次々と侵略していった。そして十年後には、大陸の西方諸国の十三の国を残し、世界のすべての国をその支配下におさめた。

いわゆる、その後二百年に及ぶ「暗黒の戦争」が勃発した。

ラルス・ジーモンが何歳頃即位し、どのような経過を辿(たど)って、ランゴバルトが予想外の展開を遂げ、侵略国へと急変したのか、またすべての東方諸国を掌握(しょうあく)するにとどまらず、西方諸国へも攻め入る東西戦争の元凶となったのか、その真相は明らかではない。なぜならこの時代についての現存する書物のほとんどがランゴバルト国自身によって記されたものだからだ。

歴史書というものは時代の勝者によって書き換えられた物語の翻訳書だ。

真実は、「暗黒の戦争」の数限りない摩訶不思議(まかふしぎ)なエピソードのように、闇の中に消えてしまった。