幾度も逢瀬を重ね、二人の関係も密になってきた頃のこと。

お幸はとうとう、藤七郎と駆け落ちをすることに決めた。

お菊にはこっそりと話していたのだが、彼女は黙って寂しそうな表情を浮かべつつ、頷くだけだった。

その他には誰にも漏らしていない。ゆえに、いかに見つからずに目的の場所まで行けるかが鍵だった。

皆が寝静まっているせいか、鳥の鳴き声と、虫の鳴き声、風の音以外に物音はなかった。

お幸は、渡り廊下で与七とお吉が寝ている離れに向かって軽く頭を下げた。

そして小さな声で、「ごめんなさい、……ありがとう」と告げた。

そのまま裏口へと向かうと、木戸の付近で藤七郎が待っていた。

「藤七郎さん」

お幸の呼びかけに、藤七郎は軽く頷くだけにとどめておき、なるべくきしみ音を出さないように気を配りながら戸を開け、外に出た。

満月が二人を照らしている。

その月は二人をとがめているのか、祝福しているのかはわからないが、見守るようにあった。

※本記事は、2020年12月刊行の書籍『水蜜桃の花雫』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。