また他人を批判する人には「自分は仕事ができるのだ」という驕りがあるのだと思います。

実は私には、苦い経験があります。私は二十代中盤で「生徒指導主事」というその学校の生徒指導のトップを務めたことがあります。

その当時の私は、前任校での経験もあったため、「絶対に学校を荒れさせてはいけない」という責任感のもと、子どもの生活に関する決まりを提案する側でした。

しかし、職員会で通ったはずの提案を、実行してくれない教師がいるのです。そのたびに私は、憂鬱でしたが、与えられた役割だからと覚悟を決め、提案通りやってもらえるよう話をしました。そのときの口調はきつかったと思います。

相手が先輩であろうが、言うべきことをはっきり言うのが仕事だと考え、厳しい口調で注意をしたこともあります。自分自身も相当辛かったです。

しかし、当然それで同僚の行動が変わるはずもなく、空回りしているのが自分にもわかりました。

このままではいけないと考えた私は、

「自分の職場こそ最高の職場だ。同僚のできていないところに目を向けるのではなく、できているところに目を向け、感謝の気持ちで接しよう」

という心構えで仕事に向かうようにしました。

すると、職場の雰囲気がどんどん明るくなり、笑顔が増えました(実際には私の笑顔が増えたから、周りの景色が違ってみえたのかもしれません)。

雑談の中で、「○○先生、今日は助かったよ。ありがとう」という言葉が飛び交いました。

「決められたことをきちんとやる」という正しいことを言っていたのは自分でしたが、職場の雰囲気を壊していたのも自分だったのです。

職員室にいるのは「味方」ばかりです。「敵」はいないと知るべきです。

今になって思えば、私に足りなかったのは、「誠実さ」です。自分に役割が与えられたからといって偉くなったようなつもりになってはいけなかったのです。

みんな何かの役割を受け持ち、努力しています。役割に優劣はありません。支え合っているのです。また、年齢が若くして重要な役割についたからこそ、先輩教師に対しては尊敬の心をもって接し、礼儀を欠いた態度は改めるべきでした。

そして、自分もたくさんのミスをしていたと思います。それを棚にあげず、「お互い様」という精神も大切です。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『教師は学校をあきらめない! 子どもたちを幸せにする教育哲学』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。