まだレパートリーが少ないため、日替わりのランチセットは一種類限定で一週間分しかバリエーションがない。同じ曜日に訪れる人がいたら、同じメニューを食べ続けねばならないのである。

マートルは珈琲専門店なので、食事を期待して来るお客さんは少ない。飲み物も珍しいメニューがあるわけでなく、時間調整や息抜きの空間として利用してもらっている感が強い。私の代になって、その傾向は深くなったといえる。

なったというか、私の手がここまでしか回らないので、珈琲専門という看板とお客さんに甘えている状態だ。でも珈琲の淹れ方に関しては、私なりのこだわりも出てきており、季節に応じた温度の違いや豆を煎る時間の微調整もできるようになった。

ブレンドで使用する豆の種類や配分は、まだ父のレシピどおりだけれど。その父の時代は、少ないとはいえ夕食メニューまであり、

ラストオーダーは午後七時だった。夕方から私が手伝っていたことも理由のひとつかもしれないが、それは毎日ではなかった。父はひとりでも、効率的に店を回していたのだ。

残念ながら、今の私には三時閉店までの体力と技量しかない。当分はこのペースだろう。将来的には人を雇えるようになって、夕食メニューも充実させたいと考えている。今はそのための準備期間だと、無理やり思うようにしているのだった。

私は注文を告げた人と顔を見合わせて注文の内容を確認すると、「かしこまりました」と板についてきた営業笑いでテーブルを離れた。ようし自慢のチキンソテーだ。

手際よくやるぞ。調理手順は日々無駄をそぎ落としており、席に届けるまでの時間は、アスリートが記録を伸ばすかのように短縮されていた。記憶系の要領が悪い私だが、この頃には、複数の席で注文を受けた直後に水のお代わりを催促されても、全ての要望に正確に結果をもたらせるようになっていた。

でもそのときの私は、目の前で微笑んでくれたこの人が高校の先輩だとは気づいていなかったのである。