付き合いの深い銀行が「貸剝がしの鬼」に豹変

バブル崩壊後、銀行の営業方針は豹変していった。銀行に警戒されて毎月の利息と返済額を大幅に引き上げられ、ついに貸剝がしが始まった。資金繰り担当の家内は、毎日銀行から当座不足の電話連絡が入りノイローゼ気味になった。

上野食品は赤字で家賃は払えず、そのために上野ビルディングは家賃の不足で資金繰りに狂いが生じ、両社共倒れの様相になりつつあった。不渡りになればすべての資産が失われる。絶対に避けようと私は資金集めに奔走した。家内は内緒で実家から金を借りてきた。

私の兄弟からも借りたが、それぞれサラリーマン家庭なので強くは頼めなかった。しかしサラ金からは絶対に金は借りまいと心に決めていた。なぜなら、利息は二割から三割もするので採算は絶対取れないし、返済できなくて暴力沙汰に巻き込まれるくらいなら債権者と話をして支払いを一時猶予してもらう方が得策だと考えていたからだ。

過剰な設備投資による借入れと赤字決算のために銀行は態度を翻して冷たくなり、強引に返済するよう迫ってきた。支店長の業務命令らしく、担当の行員は私から返済の確認を取るまで会社に居座ったこともあった。倒産すれば責任を取らされ出世に響く。彼らも必死である。サラリーマンの宿命である。

しかし、私は平然として弱みを見せなかった。弱みを見せればどうなるのか私にはわかっていた。金が底を尽くまで戦い、その間に次の手を打つことを考えていたのである。