ある晩、俊次さんが桜の大枝をゆさゆさと担いできた。それは部屋を斜めに占領して、そこいら中に花びらを散らした。

「おじさん、花見だ、ぱっといこう」

俊次さんは一升瓶をぐいと突き出した。

「おまえ、またおばあさんに叱られるぞ」

「いいんだ、あんなばあさんなんか!」

桜の大枝を前にして酒が入ると、父もそう渋い顔のままでいるわけにもいかなかった。俊次さんは、母にも「おばさん、ひとつ」と言いながら巧みに酒を勧めた。

私は何となく嬉しくなって、花びらをちぎっては投げ、ちぎっては投げした。大人たちも投げ返してきた。部屋中に花吹雪が舞った。父や母がこんなふうに戯れる姿はこれまで見たことがなかった。

思えば私にとっては初めてのお花見だったのだ。

※本記事は、2021年2月刊行の書籍『昭和の残り火』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。