それから一週間後、大塚夫人の検査結果が出た。子宮ガンだった。だが、幸い進行性のガンではなかったし。ステージ1だったので、外科手術で悪性の腫瘍(しゅよう)を取り除き、抗がん剤と放射線で治療することになった。

医者の話だと、ステージ1だから生存率は高く、再発の可能性もほとんどないということだ。でも、抗がん剤や放射線治療は必要なので、夫人の心身への負担はかなりあるだろう。

手術当日は家族が立ち会わなければならない。だから、彩さんが立ち会うことになる。彩さんは「あんたも来てよ」と懇願するので僕も行かなければならなくなった。

入院が二週間くらいかかるので、その間、彩さんが帰宅の遅い父親とどう生活するか。それも大きな問題だった。僕も彩さんと一緒にいろいろ考えた。父親がまともであれば良いのだが、浮気ぐせは治らない。彼が不在の土曜日は彩さんが独りになってしまう。誰か同居してくれる人が必要だろう。

そのことに気づいた彩さんが、

「ねえ、あんた土曜日、泊まってくれない?」

と甘えてきた。

「え? いくらなんでもそれは無理だよ。あの子たちは駄目なの? ほら、彩さんの異母姉妹たち」

「一応聞いてみるけど、あの子たちオーストラリアにホームステイするとか言ってたから、わかんないな。それにウチの親父(おやじ)のことがめっちゃ嫌いだから。あまりこの家に来たがらないんだ」

「でもほかに親戚の叔母(おば)さんとか、誰かいるんじゃないの?」

彩さんは答えなかった。たぶん、僕を当てにしているのだろう。いま、他人で一番彼女の傍にいて話し合っているのは僕だから。僕を頼るのは当然かもしれない。

「ねえ、お願いだから、土曜日の夜は一緒に泊まって。そうしてくれなかったら、あんたなんか私の家庭教師じゃなくていい」

彩さんは恫喝(どうかつ)するような声に変わった。

「ちょっと待ってよ。そんな脅かさないでよ。僕だって、親の許可がなければ泊まれないよ」

「わかったよ。じゃあ親に聞いて。ねえ、ウチ、ママが死んだら後追い自殺するかも。ママがすべてだから。ウチ、ママの手術が成功して、元の元気なママになってもらいたいんだ。ウチ、神さまなんか信じないけど、ママのことは神さまにお願いしてるよ。なんか変な話だけど」

「僕も手術が成功するように、神様にお願いするよ。叶わぬときの神頼みって言うから。神さまにお願いするしかないし」

そう言いながら、僕は、じっと人生の辛さに耐えている大塚夫人の姿を思い浮かべていた。そして、彼女が美人薄命のことわざに吸い込まれないように願わざるを得なかった。

※本記事は、2020年11月刊行の書籍『心の闇に灯りを点せ~不思議な少女の物語~』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。