「お幸ちゃん、このかんざしなんてどうだい?」

「……可愛い。ねえ、藤七郎さん、どう思います?」

「そうですねえ、こっちの簪のほうがお幸さまらしいです」

「じゃあ、それを。すみません、この簪いただけますか?」

「へい、まいどあり!」

三人は与七たちがそんな話をしているとはつゆ知らず、祭りを楽しんでいた。

お幸は姉のように慕っているお菊と、想いを寄せる藤七郎と一緒に祭りに出掛けることができて、心底幸せを感じていた。

この幸せがずっと続けばいいと思うほどに。

新調しようと思っていた簪も藤七郎が選んでくれた。

直に贈られたものではないが、お幸にとっては同じようなものだ。

新しい簪を髪にさして喜ぶお幸の姿を、お菊と藤七郎は微笑ましく見つめた。

お菊はお幸を妹のように思っているし、藤七郎は、お幸を愛しく想っている。

だが、与七とお吉はこの二人の仲を純粋に認めることができないでいた。

そのことを、お幸も藤七郎も知らない。

お幸は、縁談の話が絶え間なく来ることが苦痛で、いずれ与七たちに自分の想いを告げようと考えていた。

お菊も二人の想いに薄々気づいていたからこそ、与七たちにはあらかじめ進言しておいた。

まさか、それが悪い方向に向かっているとは思いもしていなかったのだが。

「あ、お幸さま」

「藤七郎さん?」

お幸がお菊と一緒に風車の屋台を眺めていた時のことだった。少しだけ席を外すと言った藤七郎が戻ってきた。手にはひとつの包みを持っている。

なにか言いたげにしているが、名前を呼んでからはそわそわと落ち着きなさそうにしており、次の言葉が続かない。

「藤七郎さん?」

気になったお幸が声を掛けると、藤七郎はようやく口を開いた。

「……あの、お幸さまに、これを」

「なにかしら?」

恥ずかしいのか、少しだけ視線をそらしながら藤七郎がお幸に渡したのは、水蜜桃の花があしらわれた手拭いだった。

「……! 藤七郎さん」

「……あまりいいもんは買えなかったですが、この花が、お幸さまにぴったりな気がして」

「ありがとう……。大事にしますね」

よほど嬉しかったのか、お幸は藤七郎からもらった手拭いを大事そうに巾着の中にしまった。

「その花は……。藤七郎ちゃんは知っているのかねえ」

二人が微笑み合うのをお菊は隣で見守った。

「水蜜桃のは花の花言葉は――私はあなたのとりこ、だったっけねえ。意味を知っていて渡していたんなら、あの子はたいしたもんだよ」

お菊はそう呟くと、仲睦まじく歩く二人の後ろを歩いて、屋敷へと戻って行った。

二人の幸せが、この先も続くことを願って。

※本記事は、2020年12月刊行の書籍『水蜜桃の花雫』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。