Hustlin'  (ハスリン)

Washington Heights(ワシントン・ハイツ)。ここは、ハーレムよりさらに北に位置し、ドミニカ系の人々が暮らすマンハッタン島、最北端の地域だ。

週末は、Hoodに響き渡るサルサやレゲトン・ミュージックに耳を澄ませながら、私は、ランドリーへ行き、数日分たまった洗濯物を洗う。その途中で、たまたま知り合った男性。昼間から夜中までずっとこのストリートが彼の居場所であり、ビジネスの大切な場だ。彼と仲間の動きを見ていれば、ドラッグを売っていることは明らかである。警戒するどころか、積極的に親しくなろうとするアジア人の女に、彼の方がむしろ戸惑っている。

「キミって、ポリ公じゃないよね?」

「違うよ」

しばらく私を牽制していたが、しだいに彼の肩の力も抜けてきたようだ。

「Moca(モカ)って知ってる?」

「知らない」

「ポリ公のことだよ」

「そうなんだ。私、PopoとかFive-OとかJakeとかしか知らないな」

「ああ、でもスペイン語ではMoca って言うんだ」

その男性は22歳で8歳の子どもがいる。14歳のときにできた子どもだ。初めのうちは27歳だと私に嘘をついていた。

「オレ、子どもがいるんだ」

「本当? 何歳?」

「8歳」

「へぇ、パパなんだ。かわいいんだろうな」

「ああ。オレが14のときにできたんだ」

「え? 14? ってことは……、あれ、もしかして22歳?」

彼は、22歳らしく、やんちゃな表情で苦笑い。

「なんで嘘ついたの?」

「……キミの年齢を聞いて、なんとなく」

「私が年食ってるからって言うわけ?」

彼は軽く頷いた。

このストリートではリーダー的存在の彼。アジア人の女と話し込む彼のまわりに、興味津々な様子で次から次へと仲間が集まってきた。名前は何て言うのか、年齢はいくつか、どこに住んでいるのか、どこ出身か、恋人はいるのか、ヒップホップやレゲトンは好きか、日本はどんな場所か、日本のヒップホップはどうか、ハッパは吸うか、酒は好きか……。

その他にもさまざまな質問に答えている間、彼らの携帯電話はひっきりなしに鳴り続ける。ブツを調達する人間、客を呼ぶ人間、ブツを取ってきて客に渡す人間、金を受け取り数える人間、ストリートでみんなの動きを見守り、敵やMocaがやって来ないか監視している人間。それぞれにストリートでの役割があるのだ。リーダーの男性は、仲間に的確な指示を与えるために、いち早く危険を察知し、それを仲間に伝えるために、ストリート全体を見渡せる位置に座っている。また、定期的にディーラーから売り上げを回収する。車の陰に隠れながら腰を低くかがめ、地面に一枚一枚Billをしっかりと置く。そのようにして、手に入った金をその場で素早く数える。

彼の両手の甲にはタトゥーが刻まれていた。

右手の甲には“Washington”、左手の甲には“Heights”とある。
 

※本記事は、2020年11月刊行の書籍『HOOD 私たちの居場所 音と言葉の中にあるアイデンティティ』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。