第4章 乙姫

堀内の研究の歴史を紐解いてみる。ロケット研究の堀内は以前飛行機エンジン開発をしていたのだが、ロケット製作の夢を捨てきれずに、暇を見ては1人ロケットエンジンの開発を手掛けていた。

彼の脳裏には、若い頃ひらめいた水素エンジンを自分の手で是非完成させたいとの望みがあった。ロケットエンジン開発には金がかかるので、その資金を稼ぐために飛行機のエンジン開発を手伝っていた頃、プライベートジェットのエンジン修理で織田と知り合いになった。

織田は堀内とたびたび話をするうちに、彼の開発者としての鋭い感覚を見抜いていた。堀内という男はこんなところでジェット機のエンジンをいじっている男ではない、世界を変えるエンジンを作る男だと感じていた。

堀内としてはジェット機のエンジン構造を理解するのはプラモデルを組み立てる程度のことであり、エンジンの設計にも彼のアイデアが多数提供されていた。

あるとき、織田がプライベートジェットのメンテナンスに立ち会ったときに、堀内が、

「織田さん、私に織田さん専用の絶対落ちない飛行機を作らせてもらえませんか? この程度のジェット機は私に言わせればママチャリみたいなものです」

と言われ、織田はそのときは、

「そうだな、そのときが来たら君に頼むことにしよう」

と話して別れた。その後1年ほど堀内はジェット機のエンジン開発とメンテナンスの仕事を仕方なく続けていた。

それというのも、この会社が、堀内がロケットエンジンの設計をするのにコンピューターを無償で利用させてくれていたので、この職場から離れることができなかったからである。

しかし、ロケットエンジンの開発をするには、この程度のコンピューターでは計算能力が低く、もっと高性能のスーパーコンピューターはないものかと探していた。

そんなとき、織田から突然

「堀内さん本格的にエンジンの研究をしないか? 君が本気でやるなら私が応援するよ。研究室を作ったら」

との、誘いを受けた。もともと技術者であった織田は堀内の誠実さとアイデアにほれ込んで資金援助と研究室の開設に協力を申し出たのである。そのような経緯から、堀内もORITA財団の育成研究者に加わることになった。