「おまえから招待してくれるなんて珍しいじゃないか。遊びに来てやるたびに迷惑そうな顔をするくせに」

Kは来るなり悪態をついた。

「おれがいつ迷惑そうな顔をしたって言うんだ。まあいい。上がれよ」

「で、何の用事なんだ。女の悩みか? なわけないか。あーあ、おまえみたいに女の悩みがない生活がうらやましいよ」

ぶん殴ってやろうかと思ったがそこはこらえて私はこう切り出した。

「おまえ最近落とし物をしなかったか?」

「は? 落とし物? 何を言い出すかと思いきや……ふーん」

そう言いながらKは私の部屋を見回し始めた。そしてにやにやしながらこう言った。

「落とした落とした。うん。確かおまえの部屋に来た後だ。探していたんだ。そうか見つけてくれたのか。ありがとうよ。さあ、返してもらおうか。おれの大事な福沢諭吉ちゃんを」

「何だとこいつ。おれから万札せしめようって魂胆か!」

私は怒る気力も失せた。おい何だよう、と言うKの言葉を尻目に、私は顎で机の上を指して言った。

「あれに見覚えないか?」

「はあ?」

Kは机の上を覗き込んだ。

「もしかしてこの黒い玉のことか? おれはこんなもの落としてないぜ。これが何だってんだ。……あれっ? おっ、凄いなこれ」

私はKの素っ頓狂な声に逆に驚かされて立ち上がった。

「おい何が凄いんだ」

「だっておまえ、これ、もの凄く重いじゃん」

私がそれを見つけたときは確かにパチンコ玉くらいの重さしかなかった。それからKを呼び出して今まででせいぜい三十分だ。その間に重さが変化したというのか。しかも大きさは変わっていない。そんなことがありえるのだろうか。今や直径一センチほどの黒いパチンコ玉は片手では持ち上げられないほどの重さになっていた。

私はついさっきこれを見つけたばかりであること、そのときはパチンコ玉くらいの重さしかなかったこと、てっきりKの忘れ物だと思い呼び出したこと、それから今までにそんなに時間がたっていないことを話した。Kは私の話を信じようとはしなかった。当たり前だ。私だって信じられない。しかしこれは事実なのだ。

「おい、いいかげんにしろよ。そんなことおれが信じるとでも思っているのか。この黒玉が得体の知れないとんでもないアイテムだって言うのか? そんな冗談面白くも何ともないぜ」

そう言っていたKも、私の顔が青ざめ手が細かく震え出すにつれ険しい表情に変わっていった。

「何なんだよ、その迫真の演技は。マジかよ、おい、冗談じゃないぜ……」

きっとKも恐かったのに違いない。

そのときだった。ビシッ、という嫌な音がしたのは。私とKの視線は机の上の黒玉に釘付けとなった。

「や、やべーぜ、おい……」

Kはかすれるような声でそう言った。私たちは信じられないような光景を見ていた。黒玉が、机に、少しずつ、めり込んでいくのだ。

※本記事は、2021年1月刊行の書籍『哀しみの午後の為のヘブンズ・ブルー』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。