さて、その当時、毎週土曜日の夕方は、日本テレビ系列で「全日本プロレス中継」が放送されていた。僕は"東洋の巨人"ジャイアント馬場と"ブレーキが壊れたダンプカー"スタン・ハンセンの試合に熱狂していた。馬場ファンの僕が腹の底から「馬場ーッ」と叫んで声援を送ると、体内のアドレナリンが沸騰した。彼らの試合を見れば、否が応にもこれから食べに行く、皿うどんとの対戦に闘志を搔き立てられた。

全日本プロレス中継を見終わり、「行くか」と自分自身に気合を入れ玄関を出る。目当ての街中華へと向かう一条通は、リングへと向かう花道だ。僕の頭の中にジャイアント馬場の入場テーマ曲「王者の魂」が鳴り響く。そして、一条通の通行人は、入場するプロレスラーに群がるファンだ。この時、僕にはジャイアント馬場が憑依していた。歩幅は通常の二倍になり、"東洋の巨人"に相応しい入場だ。リングアナウンサーの「ジャイアント馬場、堂々の入場です」との絶叫が聞こえてくる。知らず知らずに、「王者の魂」のメロディーを口ずさみそうになるが、さすがに恥ずかしいので、これは自粛した。

街中華に到着。女将さんがリングへと誘う。リングに上がり、厨房の大将と視線が交差する。

「かかってこい、若造」。大将の眼が、僕を挑発する。一瞬の視殺戦。毎日、中華鍋を振るう大将の剛腕から繰り出される皿うどんはスタン・ハンセンの必殺技ウエスタン・ラリアットだ。

馬場のように豪快な十六文キックを放てない僕が繰り出せる技は二束三文キックしかない。あえなくマットに沈む僕。今日も完敗だ。だが、何物にも代えがたい試合後の満足感がある。