食事の準備も一手間増えたが煩わしいとは思わなかった。奈美はまだ進んで話をする状態ではなかったが、それでも向かい合って座り二人で言葉を交わしながら摂る食事は美紀をなんとなく楽しくさせた。

奈美がスナックに出るようになると漁火の雰囲気も少し変わった。若い女性の存在はそれだけで場が華やぐ。まして美人だから尚更であった。

奈美がカウンターで接客を始めるようになると客たちは皆カウンター席に座りたがった。漁火に新しく美人の子が入ったと評判にもなった。奈美の慣れない手付きで注ぐ酒の酌を客たちは初々しく感じて歓迎した。

奈美は客たちの顔と名前の覚えも良く、キープのボトルを間違えることはなかった。また、請われて歌うデュエットも上手だった。

しかし、美紀は、接客のストレスが奈美の心の傷に障るとの思いがあり、常に自分の視角のどこかに奈美を入れていた。それはまるで年頃の娘を気遣う母親のようだった。

客たちは、ぎこちなく作る笑顔とどことなく漂う暗い陰を持ったこの若くて美人のホステスに興味津々だった。

しかし、客から身の上話をねだられると途端に不機嫌になり必ず美紀が割って入るのでやがて客たちも奈美に詮索がましいことを訊くことはなくなった。

尤も、酒の相手をするだけならすべてを知りつくす必要などはなく、客たちも少々謎を残している相手の方が面白いということもあった。

美紀は二人のホステスたちにも奈美は心に深い傷を負っているようだからあまりそのことで詮索しないようにと念を押していた。

奈美本人に訊けない客がたまにあの子はどこの子だと美紀に訊くこともあったが、美紀は

「知り合いの子よ。奈美ちゃんと言うの」

とだけ答え、他の問いには言葉を濁した。何か深い事情があって心にいくらが支障を来してはいるものの決して悪い人間ではないことぐらいはわかっているが、美紀も奈美から名前と出身地以外のことは聞いておらず奈美のことをほとんど知らなかった。

客に本当のところを話せば、

「そんな事情もわからない女を一緒に住まわせて大丈夫か? というより気持ち悪くないか?」

などと問われるに決まっており、美紀もそんな客の疑問に納得のいく答えを出せる自信がなかった。そう思うと聞かれることが鬱陶しかったのだ。

小さな海辺の町で生まれ育ち、スナック「漁火」で働く美紀には小学生の頃の忘れられない思い出があった――。つましくも明るく暮らす人々の交流と人生の葛藤を描いた物語。
※本記事は、2020年11月刊行の書籍『浜椿の咲く町』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。