言った途端悔しくなった。僕の両親は勉強以外の余計なことしか覚えてない馬鹿な脳だって言っていたけど、それでも思い出を記憶している自分を僕は誇りにしていた。それが初めて綻んだことが悔しい。

「……そりゃあ、確かに不具合だな。え、でもなんで?」

健ちゃんは想像通り信じてくれた。友達っていいなって少し泣きそうになった。

「それが、なんでなのかわからないから混乱してるんだ」

僕は生まれる前、狭いところにいた。

母の暗い産道を突き抜け、触れた空気の感覚に驚き、口から温かい液体を吐き出した後、環境の違いに驚いて大泣きをし、そのままタオルに全身を包まれると一度母の胸に抱かれ『あぁ優くん!やっと会えたねぇ』と、満身創痍なのに興奮気味に言われ、僕はこの人の声を暗闇の中で聞いたことあるなぁなんて思っている隙に、すぐに体を洗われ小さな透明の壁の箱に入って、手に水色のシリコンバンドをつけられて、睡魔と戦うことも諦め眠りについた。

どこにも捏造はない。今までもずっと僕は見たもの全てを思い出して自分を表現する材料としてきた。

記憶を持て余すように絵に描き起こしてみたり、思うままに紙粘土をこねたり、木に彫刻をし、オリジナルの中にはいつも過去があった。

だけど、今僕は城間葉月さんの顔も初めて会った時の服装も髪型も思い出せなかった。こんな経験は初めてだ。

「普通覚えてないのが当たり前なんだけどな」

健ちゃんは少し呆れたような口調で言うと、またコーヒーを飲んだ。

「一目惚れしたはずだったんだ。健ちゃんはそんな僕を止めたけど、僕は確かに恋をしたような気分になってた。諦めようって思ってもいたけど、この一週間、城間さんのことと、依頼されたブローチのデザインばっかり考えてた。なのにさっき会った彼女は別人に見えた。おまけに一週間想像してた城間さんすら思い出せないことに僕は一週間も気が付かなかった。僕は一体どうしてたんだろう」

僕は残っていたコーヒーを飲み干した。缶に残ったほんの少しの冷たさも、僕の両手の熱を押し付けられ、徐々に僕の体温と混ざっていく。

※本記事は、2020年12月刊行の書籍『100点をとれない天才の恋』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。