狭くて小さな空間には居られないので電車に乗ることも出来ないのである。どうしてもの時は、いつもアッキーパパが付き添ってくれていたのだ。

ドンドン、バンバン、ドンドン、ドンドン、ドドドドンドン、ババババン

アッキーママは、今度は足でドアを蹴り始めるようになった。それから、部屋の中をウロウロとしてみた。怒りなのか恐怖なのか分からないが、次第にゴリラが檻の中にいる様な気分になった。私って、ゴリラなのかな、どれくらいの時間がたったのだろう。三十分か、一時間か、ここには時計が無かった。時の流れはアッキーママを完全に無視していた。

喉もカラカラである。それなのに飲み物が無い。コップ一杯の水さえ置かれてはいなかった。トイレと軽い羽毛ふとんに真っ白なシーツのベッド、そして小さなサイドテーブルがあるだけだった。壁はほんのりとだがクリーム色をしたクロスだ。窓もない、無機質の密閉された部屋は動物園のゴリラの檻よりひどい七〇七号室でアッキーママは騒いでいるのであった。

声を出すこともドアを叩くのも疲れてしまったアッキーママは、もう、泣く力も残ってはいなかった。いちばん奥の部屋なので、誰も通ることはないのだろうか、ぐったりとベッドに横になった。天井は低く、何の模様も描かれていないコンクリートがむき出しで氷のように冷たく感じたのだった。

目を閉じてしばらく時をやり過ごしていると、ぐうっ~とお腹がなった。こんな時でもお腹が空くアッキーママは自分に苛立ちを覚えるのと同時に人間はおかしな物体だと客観的に考えていた。すると、また、ぐうっ~とお腹がなった。ここは夕ご飯も出ないのだろうか、アッキーママの絶体絶命のピンチか? もうくたびれ果てて再び目を閉じそうになった瞬間だった。

ガチャリと、音がした。ノックも無い、何だろう? 鍵が開いたのか、誰か来たのか、アッキーママはあわててベッドから飛び起きた。

「あら~お待たせ~。ごめんなさいね。夕食を持って来たわよ」

その大滝ナースの声を聞いてアッキーママは思わず抱きつくと涙が溢れてきた。それなのに、何事もなかったかのように大滝ナースは笑いながら、サイドテーブルに夕食のトレーを置いた。そして、

「あんまりドアを叩いていると『拘束』になってしまうわよ」

ドアを叩いているのも知っているではないか、どうしてだろう、ビデオカメラかマイクでもあるのだろうか? 

アッキーママは聞きなれない『拘束』の言葉の意味がまったく解らないでいたら、大滝ナースは微笑みながらしかも平然と、

「手と足をベッドに縛ることよ。ベッドから動けないわ。ここは『保護入院』だからね。本人の意思が無くてもドクターの判断であれば、手と足を縛ったとしても何も問題は無いわ。国で決められた制度だからね。今までは、アッキーママの意思で同意がある、『任意入院』の扱いで入院して来たけれど、今日から『保護入院』の扱いに変わったのよ。さっきこのジャージに着替えたでしょ。これを着ている人が保護入院の人達よ」

「保護入院? 拘束?」
 

恋して悩んで、⼤⼈と⼦どもの境界線で揺れる⽇々。双極性障害の⺟を持つ少年の⽢く切ない⻘春⼩説。
※本記事は、2020年10月刊行の書籍『ずずず』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。