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明里

「明里、愛している」そう聞こえた。後は声にならない声が女の口から洩れる。すでに女は半泣きの状態である。喜びと悲しみが交錯する中で女は次第に昇りつめていく。ここまできたら、もう後戻りはできないと女は思っていた。

闇の巫女は、女の身体の変化を見逃さなかった。激しく蠕動ぜんどう運動と上下運動を繰り返す下腹部の子宮あたりから翠色みどりいろの光が発光している。やがて男の結合部分から翠色の光が徐々に男の身体に浸透していく。浸透と共に男の身体は、徐々に薄れ、透明になっていく。男はまだ気付いていないのだろうかと闇の巫女は男の身体を見続けていた。男が昇りつめた瞬間、男の身体は掻き消えた。跡形もなく……。

仰向けに横たわる女は両脚を広げ、腕は虚空を摑んでいた。女は泣くのを止めていた。しばらくそのままの状態でいたが、静かに起き上がると、下着、衣服を着た。男の残り香が散在した、下着、衣類を素早くかき集めると拝殿を出て行こうとした。

「そこの人、私の声が聞こえるか?」と闇の巫女は女に聞いた。

「……はい」とはっきりとした返事があった。

「私はこの魔境神社の闇の巫女……あなたは何者?」

「……明里、ある特命のために……数百年に及び生きている魔性の女です」

闇の巫女は、しばらく明里を見据えていたが、明里が嘘を言っているようには見えなかった。

「いつの日か、使命を果たせるといいね……」との闇の巫女の言葉に心を打たれたのか、明里は、

「この世界が続く限り、私は再びあなた様とお会いできる日が来るという気がします。それまでお元気で」明里は、拝殿に向かい深く一礼をすると拝殿を出ていった。拝殿には、二人の男女の愛の残り香が漂い、鼻孔をくすぐった。

『明里か、辛いだろうが、私はこの神社さえ出ることができずにいる。こんな私など誰も愛してはくれないだろうし、愛し愛されるお前は幸せなのかも知れない。明里、その名を覚えておこう』そうつぶやくとしばらく明里が去って行った海辺の方向を見ていた。