いや、口ではそういった夢を言っているが、そうではないのだ。心の奥でもそのようなことを思いこんでいるかもしれないが、多くの人が本当に欲しいものは、実は他人からの評価である。そうに決まっているのだ。

なぜなら、ある程度の資産家になると、それ以上金を手に入れても大して生活は変わらないのに、もっと金を得ようとする。高級車、豪邸、宝石、何を手に入れても正直その良さはわからないのではないか。

強いて言えば、他人に自慢するために買うのではないのか。そもそも、金とは、ただの紙きれ。価値などないのだ。しかし、それを、みんなが「価値がある」と言っているから、価値があると思うのだ。

それを死に物狂いで得ようとする時点で、他人の評価を気にしているだけに決まっている。実は金とは、他人からの評価を数値化したものである。

つまり、誰か頭の良い人がいて、彼の生きざまを大衆が評価するとしよう。その人はいろいろ複雑なことをして、結果的に資産家になったとする。

すると、金という動かない客観的な真実があるから、誰でもその人はすごいと思えるのである。大金を手に入れるまでの過程などには注目せずに、すべては金のためだと思う。

もしその人がどんなに美しい人生を送ったとしても、金を手に入れなければ、多くの人は、結局彼は何がしたかったのかがわからなくなり、評価できなくなる。

当然、自分で自分を評価しても、金は一文も手に入らない。だから、他人からの評価が一番大切だと、誰もが思っている。結果的に、金こそが事実を表してくれる、つまり、金が真実だと信じるのである。

この思想はアメリカを中心にして世界を席巻している。この話の主人公が金に対して思っていることは、多くの人と同じであった。

※本記事は、2020年2月刊行の書籍『令和晩年』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。