二人は黙り込んだ。禅は、自分のマンションに帰っていた。そして、慌ただしくシャワーを浴びると着替えをし、急いでマンションを出て行った。時間は十六時過ぎだった。

禅はデパートのブランドショップで、彼女に似合いそうなピアスを買った。そして花屋にも寄り、バラの花束も買った。

「十七時三十分か……」

待ち合わせ時間まで、まだ三十分あった。禅は待ち合わせ場所のすぐ近くにある、喫茶店でコーヒーを頼んだ。落ち着かない禅は、コーヒーが来ると一気に飲み干した。そして立ち上がるとレジに向かった。

禅は、レジで会計をする時に花束を落としそうになった。それを慌てて掴んだので、バラの棘が親指に刺さり少し切ってしまった。店員が声を掛けた。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫です」

禅は、そう答えると足早に待ち合わせ場所に向かった。待ち合わせ場所に着くと、禅はバラの棘で切った親指を見た。

「結構深いな……」

そう呟くと指を舐めた。

「指、どうしたんですか?」

その声に禅はハッとした。声の先には、シェリールが心配そうな顔をして立っていた。

「い、いや、たいした事ないです」

「見せてください」

そう言うとシェリールは、禅の手を取り、傷を見ると顔をしかめた。

「痛そう」

そう呟くと、カバンから救急ばんそうこうを出し傷口に巻いた。

「これで大丈夫ですよ」

そう言って笑ったシェリールは美しく可愛かった。その笑顔を見て禅は完全に心を奪われてしまった。

呆然とし微動だにしない禅に、シェリールは不思議そうな顔をした。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『アリになれないキリギリス』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。