シマとアツシは目を合わせる。

シマは寝かしていた赤ちゃんのさくらを抱える。

「見覚えありませんか?」

シマの問いかけに。

「うっ、涼子に似ている……」

「そうか産まれたのか……」

そっと、さくらを抱く。

「さくらと言います。あまり泣かなくて笑顔がかわいい子ですよ」

「前田上等兵おめでとうございます!」

外木場は満面の笑みで敬礼した。

「……」

前田は明日飛び立つ外木場の顔を見つめ複雑な表情を見せる。

4人は格納庫の隅で腰掛けている。

「腹減った、腹減った」

アツシは握り飯をうまそうに頬張る。

「黒田兵長から預かった涼子の手紙は読みました……」

「前田上等兵、2人だけおめおめと生き残って本当にすまなかった……」

シマは前田の澄みきった瞳を見ながら呟いた。

「煙草、いかがですか……」

前田は胸ポケットから煙草を出す、そして、シマのくわえた煙草に火をつけてやる。

「いいんですよ、遅かれ早かれ、我々は死ぬのです……私も8月16日に出撃です。決まってます」

……やはり、終戦後(8月15日終戦)か。

「シマさん、さくらを1日あずからしてくれないか……」

「ああ、いいが、まだ、ミルクあげてないんで……」

母乳出ないもんね……シマは上目遣いをした。

「食堂に、まだ何かあると思います。食堂のお母さんも連日遅くまでやってもらってます」

「総動員体制か……」

「さあ、あと3時間頑張るぞ、そのあと、黒田さんと丸さんに交代だ」

アツシは立ち上がった。

「すみません、24時間体制で整備していただいて……明日、きれいに散ってきます」

きりっと、再び敬礼をする外木場一等兵。

「さくらは咲けば散る、儚いもの……涼子は、美しさと人生の儚さの想いを込めてさくらと名付けたんだな……」

格納庫の柱時計は夜の12時を指していた。工具を手に2人はゼロ戦の下に寝そべってタイヤを整備する作業をしている。

「アツシ、分かってるな」

「はい……」

「さっき思い出した、外木場学一等兵、日東テレビの社長だ」

「私も思い出しました。確か、経団連の会議でも特攻隊の生き残りと言ってました。彼は生き残るのですね、我々の手で……」

「そうだ……27年後、日東テレビ、日東新聞、マスコミ最大手の日東グループを上げて、わたしのでっち上げの汚職スクープを鎮静化させてくれたんだな……半年持たないといわれた政権が……不思議な縁だ」

「そういえば、わたしも、8月6日に原子爆弾により『狐の巣』が破壊されてから、8月15日までどうしても記憶がないのですよ……ショックのためか……夢遊病者のようにボロボロになって、気が付いたら東京の皇居近くで、軍部の人たちに発見されました」

「皇居か……すべては、TENCHIいや、誰かさんの計画通りか」

「幼いさくらさんが急にいなくなったと菊池一等兵のお父さん、お母さんも驚いているでしょうね」

「多くの人が亡くなるこんな時代だからな、しばらくの神隠しで事が済む。すべてが計画通り……明日この仕事終わったら、鹿児島から東京に行こう」

ボーーン

柱時計は午前1時を指していた。

「あっ、もうすぐ、黒田さんと丸さんに交代だ。呼んできます」

「整備は完璧、くれぐれも外木場さんのゼロ戦を触らないように言っとけよ」

「ガッテン、承知の助!」

アツシは無邪気にこめかみに二本の指を当てる。格納庫から2人のいる兵舎へ向かって走り出した。

格納庫の外ではさくらを抱いた前田上等兵が立っていた。

煙草を吹かし、星が満天に輝く夜空を見ながら……
 

※本記事は、2020年11月刊行の書籍『浦シマかぐや花咲か URA-SHIMA KAGU-YA HANA-SAKA』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。