久連山は、事務的に言い放つ。

「不満なら愛澤先生に直談判してください」

「そうさせていただきます」

「次に、勤務時間の規定はありませんが、愛澤先生からの依頼にはいつ何時なんどきでも対応すること。これが守れない場合は契約解除の対象になります」

「分かりました」

「最後ですが、愛澤先生には必ず『先生』の敬称を忘れずに。会話は敬語を使ってください。これはさっき直接言われましたよね」

「あ、はい。承知しています」

「主だったところは以上です。細則はこの心得で確認して不明な点はわたしに訊いてください。ではこれからあなたの仕事部屋を案内します」

「個部屋があるのですか?」

それには答えず久連山は歩き出した。彼は奥まった部屋の前で止まり、ここです、と言ってドアを開けた。決して狭くはないが窓のないスペースが広がっている。デスクとPC、ソファベッドもある。

「ソファベッドまであるのですね」

「締め切りに追われる仕事も入りますので。ああ、それと仕事はこの部屋だけでやってください」

「この部屋だけですか?」

「だけです。自宅への持ち帰りはしないように。秘密保持のためです。ネットで調べものをしてもいいですが、外部との接触に使用しないでください。ログは取ってますから」

なんとも重苦しい空間に思えてきた。それではやることがあるので、と言って久連山が立ち去ろうとした。

「あの」

「なんですか?」

「いえ、久連山さんはどうして愛澤企画で働くことになったのですか?」

「それは答えられません。それもある意味、ここで知りうる情報ですから。ああ、それと、依頼ごとがない限りお帰りになるのは自由です。勤務時間の縛りはないので」

そう言い残して、久連山はどこかへ消えた。深いため息が出てくる。

一刻も早く帰りたい。このペントハウスでは、呼吸をすることすら許可がいるように感じる。

※本記事は、2020年9月刊行の書籍『流行作家』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。