第二章 抱きしめたい

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近くを散歩している人には交際している若い男女の仲睦まじい姿に見えた。しばらくして、先に彼女が話を始めた。

「滝沢君は将来の目標はあるの?」

鉄平はそんなことは、今まで一度も考えたことも無かった。

「僕は、まだ特別無いけど」

少し無愛想に答えた。

彼女は、驚いたというよりも、あきれた感じで鉄平の顔を見た。

「私の親は二人とも教師でしょう。だから貴方は将来立派な先生になるのよと言われて育ったの。だからしっかりと勉強して良い先生になるのが、私の目標であり夢なの」

話を聞いているうちに、彼女の横顔が将来の先生に見えてきた。

「君はすごいね、僕は公務員の父に小さい頃から聞かされていたのは、世の中でスポーツや芸術で飯を食おうと思うな、それは何十万人に一人か二人だぞ、それも生まれながらの才能とすごい努力があってこその話だぞと聞かされていたよ」

父親は、僕に何になれとは言わなかったが、実に堅実な話をしていたものだと改めて思った。

今度は、先ほどと違う沈黙の空気が漂った。僕は、ベンチに座ったまま運動靴の先で、乾燥した砂地に円を描いて、この雰囲気を中に閉じ込めようとした。

円を描きながら、クラスの仲間の事や、担任の先生の面白い癖などの真似をして彼女を笑わせた。二人の楽しい時間は、あっという間に過ぎた。

「滝沢君、時間が大分たったね、母にそこまで送って来ますと言って出てきたので、もう帰ります。今日は来てくれてありがとう」

「僕も楽しかった。音楽の勉強もできたし。有難う」

山岸は、ベンチから立ち上がり少し顔を斜め後ろに向けて、着替えてきたスカートの後ろを手でぽんぽんとはたき、僕の顔を見ながら笑顔で言った。

「滝沢君、今度また、ここで会って話をしたいね」

そのしぐさが、とても可愛く印象的だった。

「今日は、話が出来て本当に楽しかったよ」

鉄平も、素直な気持ちだった。

「私も楽しかったです、いろいろな話をしてくれてありがとう」

僕の顔を見て笑った。

「じゃあ滝沢君、又ね」

「うん、山岸さん必ず又会おうね、さようなら」

 いつもと違う雰囲気がそう言わせた。

それぞれ、自転車に乗って手を振って反対方向に別れた。

「あー帽子、山岸さん僕の帽子」

彼女は、僕の声に気が付いて、こちらに戻って来た。

「滝沢君。この帽子、私にくれない」

「え! 構わないけどその帽子は男子用だよ」

「いいの。今日の記念に私の部屋に飾っておきたいの。だめ?」と言っていつものえくぼを見せて微笑んだ。

「いいよ、君にあげるよ」

僕も彼女に、何かを記念にと思ったが、言い出せなかった。何かを期待していた訳では無いが、残念な気持ちになった。

「山岸さんそれじゃ、さようなら」

鉄平は、少し無理に格好をつけた。

「滝沢君。有難う。さようなら」

そして、反対方向に自転車を走らせながら、僕は振り返って彼女を見た。彼女は振り返ることは無かった。でも、最後にもう一度だけ振り返って後ろ姿を見た。

彼女の部屋で聞いた、モーツァルトが残響として優しく聞こえた。これが、二回目の初恋だと思った。初恋が二回目とは変だが、小学校の時の初恋はやはり他動的な力が働いていた。だからこれが、本当の初恋だと思った。

でも二人の関係は何か違うような気がした。中学生の思春期の演技をしている様に感じた。絵に描いたような恋愛物語に参加しているだけなのだ。きっと、それぞれの役を演じているのだろう。

それでも十分に満足な中学生だ。初恋は、恋に初が付くだけでどれも同じだ。山岸に対しては今までとは、少し違う感情が生まれた。

※本記事は、2019年11月刊行の書籍『爽快隔世遺伝』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。