すると、何かが伝染していくかのように、周辺のテーブルからも次々と声が上がり始めた。可哀想なマラータ! 気の毒な人! ああ、何だって彼女のような人があんなことに……。神よ! などと叫び出す人まで現れた。

マラータ! マラータ! 気づけば食堂はマラータの大合唱で満たされていた。私が発したその名前は、忌むべき呪いの言葉であるか、それとも逆に不運を追い払うために叫ばれるまじないの言葉ででもあるかのようだった。

「マラータって、私の知っているあのマラータでしょうか? ジョーイのお母さんの……」

「ジョーイ! そうとも、あの呪われた息子!」

老人が言った。

「あの忌まわしい事件のあとに、拘置所にいる息子のところへ行って、マラータが奴のことをメッタ打ちにしたもんだから、そのせいでイカレちまってね、いまは精神病院に入ってるって話だよ」

忌まわしい事件? ジョーイが精神病院に?

一瞬、私には何のことだかわからなかった。たったいま思い出した過去への追憶に浸る甘美な気分を破って、突然いまの現実が目の前に持ち上がった。一体何があったというのだろう? 幼いころ、私がパングレアスを発ったあとに、ジョーイとマラータ親子に重大な破滅が訪れたのだった。

「マラータがジョーイをメッタ打ちにしたって……なぜ……」

問いかけたところに、ちょうどミルナがデザートを持ってやってきた。いまの話を聞いていたのか、意味深げな沈黙で辺りを制するように睥睨へいげいし、公正な審判を下す判事のような毅然とした面持ちで老齢の客たちを黙らせると、私に近づいてきてこう言った。

「マラータを訪ねてみるといいよ。旦那さんが亡くなってからずっと独り暮らしだからね。行ってあげれば喜ぶかもしれないよ」

――古い記憶を頼りに、私は大通りを歩いていた。レコンキスタ通り。当時の思い出が、そろそろと遠慮がちに甦ってくる。この大通りをこのまま北に向けてしばらく歩いて行けば、あの、ビリーとジョーイに出会ったスイミング・プールに辿り着くはずだった。

だが今日私はそこまでは行かず、何丁か手前のガストン通りを左に折れた。まるで路地裏のように細い小道を進んで二丁ばかり入ると、その家はあった。

家といっても、簡素な造りの長屋アパートの一軒だった。漆喰で塗り固められた白壁は涼し気で、昼間の灼熱の太陽を遮るには最適だったが、長年の風雨に晒されて、大部分が剥がれ落ちていた。

小さな庭さえもない、通りに直に面した黄色い玄関扉の前に立ったとき、私のノスタルジアは最高潮に達した。この家には、何度遊びに来たことだろう。たいていは学校帰りにプールで遊んだあと、ビリーとジョーイと一緒に、ジョーイの叔父さんの店で駄菓子を買ってからこの家に寄るのが習慣になっていた。家ではいつもマラータがジュースを冷やして待っていてくれて、台所のテーブルで駄菓子を食べながら、私たちは学校であったことや、先生の話、クラスメイトの噂話などを、時を忘れてお喋りしたものだった。

懐かしさで胸をいっぱいにしながら、私は玄関の呼び鈴を鳴らした。しばらく返答がないので、もう一度鳴らすと、またしばらくの間があって、ようやく人の気配を示すゴソゴソというような微かな物音が聞こえた。

※本記事は、2020年11月刊行の書籍『スモーキー・ビーンズ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。