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邂逅─緋色を背景にする女の肖像

何か格別重要な話に移ろうとしているようで、コジモは大きく息をつき、無理に気持ちを落ち着かせようとしていた。

「さて、これから話すことはその後に起きた最も痛ましい出来事だから、あまり話したくはないのだが、いいかね? ユーラさんのことだよ」

「ええ続けてください」

「それは一九七〇年九月のことだった。フェラーラはアンナとユーラを連れて、サルデーニャ島の北東部に位置する、コスタ・ズメラルダにある私の別荘へ、バカンスで出かけていた。

この頃、フェラーラの絵は予想をはるかに上回る値段で売れていたし、ロイドの後押しもあって、私のギャラリーでは絵画の扱い高が急激に増えていた。

多少余裕ができてね、小さいものだが買うことができたんだ。一九六六年から毎年続いた有名絵画コンクールでの最優秀賞受賞で、すぐそこにフェラーラの時代が来ていると内外で噂されていた。

だが、毎年のように著名な賞の受賞をしたことで、さらなる至高の永遠性を求め、この名声の代償として、悪魔メフィストフェレスに己の魂を売ってしまったファウストのようだと言われても仕方のないことだった。

この弁解できない四年前のあの忌まわしい記憶も、名声があがるにつれて段々薄れてきていた、まさにそんなときに恐ろしい事件が起きてしまったんだ。私の別荘は六十キロも続く風光明媚な白砂の海岸に面していた。

ユーラも自分が二歳のときまで、妹がいたことなど記憶にもないらしく毎日元気に遊んでいた。そのようなある日のこと、フェラーラが別荘前の砂浜で娘と遊んでいるとき、ロンドンから電話が入って執事が彼を呼びに来た。

彼はすぐ戻るから一人では絶対海に入るなと注意して、その場を離れたと聞いている。しかしユーラの姿を見たのはそれが最後になってしまった。どうやら突然の波に攫われてしまったらしい。

大声を出しながら気が違ったように走り回る夫婦を認めて近所の人が集まってきた。ボートも出され、沖合まで広範囲に探し回ったようだが、何の手掛かりもなかった。こういうのを神隠しとでも言うのかね。捜索は次の日もその次の日も行われた」

「波ではなく誰かに攫われたということは?」

「誘拐されたのではとの噂もあったが、何の情報も入らなかったし目撃者も現れなかった。結局は、当時、ユーラが浮き輪を使って波打ち際で遊ぶ姿を見たという目撃者がいたことが決定的な理由になってね、波に攫われた事故死として処理された。