第二章 抱きしめたい

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夏休みが始まり約束の日時に、山岸の家に向かった。家を出る時に、母がどこに行くのと尋ねた。

「友達の家に行くよ。なぜ何時も聞かないのに」

「何か、いつもより嬉しそうに見えたから、ひょっとして女の子とデート?」

「僕がデートに行く訳がないよ」

「ふーん、そうだわね」

母はにこっと笑った。何だか見透かされている様だ。急いで自転車にまたがり家を出た。朝から乾燥している空気が、何時もの様に太陽を、いっぱいに威張らせていた。お気に入りの野球帽をかぶって、自転車で地図を片手に学校近くの神社の参道を抜けた。大きな鳥居の手前を右に曲がった。

少年野球の練習を終えたらしい、一列になって走ってきた自転車の集団とすれ違った。グランドは何処に在るのだろう?

住宅街を、しばらく走ったところで目印の郵便ポストがあった。そこから、山岸の家はすぐに見つけられた。家は大きくはないが、両側の門柱がいかにも堅実な感じを醸し出していた。鉄平は、深呼吸をしてから門柱の小さなベルを押した。

「はーい」

何時もより高いトーンの、山岸の声が家の中から聞こえた。

「こんにちは滝沢です」

「お待ちください」

にこやかな笑顔で迎えてくれた。

「どうぞ入ってね、お待ちしていました」

鉄平を招き入れてくれた。玄関の脱いだ靴を揃えてくれた。

山岸は白いTシャツとショートパンツだった。部屋着の山岸は、とても新鮮に感じた。学校で会っている時とは、随分と違った雰囲気で大人に見えた。

彼女の部屋に案内された。初めて入った女の子の部屋で、まして二人だけの香りに戸惑った。息をするのさえ異性の空気を感じた。今までは、男友達の何の刺激も感じない部屋しか経験が無かった。

部屋の窓には、花柄のカーテンそしてベッドが有りその横の机も良く整理されていた。鉄平が来るからではなく何時も綺麗に整理してあると思った。

「入ります」

声とノックの音と同時にドアが開いた。お母さんが、部屋にお菓子と紅茶を持って来てくれた。

明日香は、事務的な言い方で僕を紹介した。

「同じクラスの滝沢君」

簡単に言った。きっと彼女も照れくさいのだ。

「滝沢です、お邪魔しています」

お母さんは優しく笑って小さなテーブルに紅茶を並べながら「どうぞ、ゆっくりしていってね」と言って、優しく微笑んで部屋を出ていった。お母さんは、自分の青春時代を思い出している様な眼差しで二人を見てくれた。     

※本記事は、2019年11月刊行の書籍『爽快隔世遺伝』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。