第二次選別

九月十八日、甲種、乙種振り分けの最終試験が行われた。実技では二番砲手の操作、馭者では陣地侵入、観測では写景図と諸元の出し方、通信ではモールス信号の受発信が試された。これまで行われた訓練の内容の最終チェックであり、常日頃、他の者たちよりもこれらに秀でていた杉井は、すべての試験に落ち着いて臨んだ。

三角関数で苦労した観測もこの時点ではトップレベルの者と遜色なかった。学科では、砲兵操典、軍隊内務令の筆記試験が行われたが、力ずくでこれらを丸暗記していた杉井は、答案を書き終えたところで満点を確信した。

最後は、大隊長遠藤少佐による面接、口頭試問だった。部屋への入り方、礼の仕方など立ち居振る舞いも採点のうちと言われていたが、このあたりは森高上等兵からどのようにすべきか詳細に教えてもらっていた。大隊長室は窓際に大きな机があってそこに遠藤が座っており、その前に面接用の椅子が一つぽつりと置かれていた。遠藤は、四角い顔の眼光鋭い恰幅の良い男だった。礼をして椅子に座ると、早速遠藤が訊いた。

「家族構成を言いなさい」

「両親と弟四人、妹二人であります」

「ご両親の戦争についての考え方は」

「父は、この戦争は日本国にとってその繁栄のために大変重要な政策であると言っております。また台湾の連隊にいた経験もあり、軍での生活は精神的及び肉体的に自分を鍛練する格好の場であると言っておりました。父は、私が入隊し、これからみ国のために尽くすことを誇りに思っております。母は、戦争について詳細は承知していないと思いますが、み国のために立派に働けるようにと、小さい頃から私を丈夫に育ててくれました」

たえが杉井を軍に出すことを喜んでいないことは明らかだったが、戦争に消極的なことは致命的であるため、杉井は無難な答えを用意しておいた。遠藤は、入隊前の生活のことなどをひとしきり訊いた後、

「それでは、軍務諸令についてただす。正確に答えるように」
と言った。

「作戦要務令での攻撃精神とは」

「攻撃精神は忠君愛国の至誠より発する軍人精神の精華にして、鞏固きょうこなる軍隊志気の表徴なり、武技これによりて精を致し、教練これによりて光を放ち、戦闘これによりて勝を奏す……」

「内務令での将校とは」

「将校は軍隊の禎幹なり、故に堅確なる軍人精神を涵養し、高邁なる徳性を陶冶し、識見技能を向上し、体力気力を充実し率先垂範もって儀表たらざるべからず」

遠藤はうなずきながら聞いていた。最後に手元にあった個表を閉じながら訊いた。

「君の崇拝する人物は」

「楠木正成であります」

「その息子は」

「楠木正行まさつらであります」

「彼が如意輪堂の壁に書いた歌は」

「……」

「崇拝する人の息子の歌を知らなくては駄目だね」

杉井は冷や汗が出る思いだった。

「はっ。勉強致します」

「はっはっはっ。よし。以上だ。退出してよろしい」

「はい。ありがとうございました」

杉井は、最後まで緊張感を維持し、森高に教えてもらったとおりの退出方法で部屋を出た。

※本記事は、2019年1月刊行の書籍『地平線に─日中戦争の現実─』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。