「紀理子さんですか。私は橘子と言います」橘子も返答し、おなじように字を説明した。

木扁きへん一字のたちばなに子です。私、今まで自分の名前も言ってなかったんですね?」

「橘子さんですか。かわいいお名前ですね」

「そうですか? ありがとうございます。でも、きっこって響きがニックネームみたいだから、私、滅多に苗字みょうじで呼ばれることはなく、いつも、橘子、橘子と言われちゃって」

めてもらって機嫌きげんがよくなったというわけではないが、名前のことを話題にするだけで打ち解けた気分になったように感じる。

「私も今から橘子さんと呼ばせていただいていいですか?」

「いいもなにも、それが私の名前ですから」

当たり前のことを言いつつ、なぜかおかしくなって、橘子はわらった。棟方さんも一緒にわらう。

「私も、紀理子さんと呼ばせていただきます」

「ええ、是非おねがいします」

「じゃあ、紀理子さん」

「はい」

「ああ、改まらないで。あ、その前に、紀理子さんと私、漢字で書くと全然違うけど、『き』で始まって『こ』で終わる名前で共通していますね」

「清躬さんの縁でつながりを持ってるんでしょうか?」

「縁?」

紀理子さんの言い方がおおげさにきこえて、橘子はおもわずわらった。橘子がわらうと、紀理子さんもわらう。

「あの、不躾ぶしつけで厚かましいかもしれないですけど、私のお友達になっていただけます?」

と紀理子さんがきいた。

「えっ?」

「東京に出てこられるんだったら、これからも会ってお話ししてゆきたいとおもいますし」

棟方さんの物言いが唐突なことに橘子はおどろいた。かの女には、なかなか要領を得ないところがおおく、はっきりしない物言いが橘子をとまどわせるが、礼儀正しいし、ソフトだし、人間的な感じでは好感をおぼえる。

それに、ちょっと疑わしさは残るが、清躬くんの戀人こいびとだということでとても興味深く感じる。もし本当に清躬が好きになったひとだったら、根底的に信頼したい気持ちがある。

しかし、まだ会ったばかりでまともな会話もできていないというのに、もういきなり友達なんて、流石さすがに飛躍しすぎだという感じもする。

私のこと、無条件に受けれるというのだろうか?

※本記事は、2021年1月刊行の書籍『相生 上 』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。