謎が謎を呼ぶ、長編ファンタジー小説、前編。
就職を機に上京した橘子は良き先輩社員に恵まれ、
消息不明だった幼馴染・清躬との再会も果たす。
一方、清躬の戀人・紀理子は忽然と姿を消す。
そして、橘子も謎の屋敷の者たちによって危機に陥る。
「希望は蜘蛛の糸に過ぎない」と言われた橘子だったが――
就職を機に上京した橘子は幼馴染・清躬の恋人であるという紀理子と出会い、次第に打ち解けていく。「私のお友達になっていただけます?」紀理子にそう言われた橘子は…。山本杜紫樹氏の著書『相生 上』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋して、謎が謎を呼ぶ長編ファンタジー小説をご紹介します。
「紀理子さんですか。私は橘子と言います」橘子も返答し、おなじように字を説明した。
「木扁一字の橘に子です。私、今まで自分の名前も言ってなかったんですね?」
「橘子さんですか。かわいいお名前ですね」
「そうですか? ありがとうございます。でも、きっこって響きがニックネームみたいだから、私、滅多に苗字で呼ばれることはなく、いつも、橘子、橘子と言われちゃって」
誉めてもらって機嫌がよくなったというわけではないが、名前のことを話題にするだけで打ち解けた気分になったように感じる。
「私も今から橘子さんと呼ばせていただいていいですか?」
「いいもなにも、それが私の名前ですから」
当たり前のことを言いつつ、なぜかおかしくなって、橘子はわらった。棟方さんも一緒にわらう。
「私も、紀理子さんと呼ばせていただきます」
「ええ、是非おねがいします」
「じゃあ、紀理子さん」
「はい」
「ああ、改まらないで。あ、その前に、紀理子さんと私、漢字で書くと全然違うけど、『き』で始まって『こ』で終わる名前で共通していますね」
「清躬さんの縁で繋がりを持ってるんでしょうか?」
「縁?」
紀理子さんの言い方がおおげさにきこえて、橘子はおもわずわらった。橘子がわらうと、紀理子さんもわらう。
「あの、不躾で厚かましいかもしれないですけど、私のお友達になっていただけます?」
と紀理子さんがきいた。
「えっ?」
「東京に出てこられるんだったら、これからも会ってお話ししてゆきたいとおもいますし」
棟方さんの物言いが唐突なことに橘子はおどろいた。かの女には、なかなか要領を得ないところがおおく、はっきりしない物言いが橘子をとまどわせるが、礼儀正しいし、ソフトだし、人間的な感じでは好感をおぼえる。
それに、ちょっと疑わしさは残るが、清躬くんの戀人だということでとても興味深く感じる。もし本当に清躬が好きになったひとだったら、根底的に信頼したい気持ちがある。
しかし、まだ会ったばかりでまともな会話もできていないというのに、もういきなり友達なんて、流石に飛躍しすぎだという感じもする。
私のこと、無条件に受け容れるというのだろうか?
※本記事は、2021年1月刊行の書籍『相生 上 』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。
【相生 上 登場人物】
檍原橘子 20歳。地方の短大を出て就職で上京。
檍原清躬 20歳。橘子の幼馴染。特殊な絵の才能の持ち主。
清躬の父
清躬の母
棟方紀理子 20歳。大学生。清躬の戀こい人びとだが、別離した。
津島さん棟方家のメイド。
小鳥井和華子 橘子、清躬の小学校時代の憬あこがれのおねえさん。
和歌木先生 清躬の小学校四年生の時の担任の先生。
杵島紗依里 一時期、清躬の親がわりとなった女性。
鳥上海祢子 橘子の職場の先輩(教育指導係)。
緋之川鐵仁 橘子の職場の先輩。
松柏さん 緋之川の戀人。
寮監さん夫妻 橘子の住む寮の管理人夫妻。
会社の健康管理室の看護師
小稲羽鳴海(ナルちゃん)9歳。清躬となかよしの利発な子。
小稲羽梓紗 鳴海の母。同居はしていないが、神麗守の母でもある。
和邇青年の想い人 梓紗の母。和邇の青年時代に戀い憬れたひと。
神麗守(小稲羽神陽農) 15歳。和邇家で養育されている。
紅麗緒 15歳。神麗守と一緒にくらしている。
和邇のおじさん 資産家。東京に大きな屋敷を構えている。
根雨詩真音(ネマ) 20歳。大学生。彪のグループメンバー。詩真音の母和邇家の家政を担当。
隠綺梛藝佐 23歳。和邇家で、神麗守、紅麗緒の養育を担当。梛藝佐の姉医大を出て、病院勤務。和邇家の主治医。
和多のおじさん、おばさん 和邇の元部下。建設会社などを経営。
楠石のおじさん、おばさん 和邇家の車まわりや庭の手入れを担当。
稲倉のおじさん、おばさん 和邇家の賄を担当。
香納美(ノカ) 20歳。稲倉夫妻の子。大学生。彪のグループメンバー。
柘植くん 香納美の戀人。彪のグループメンバー。
神上彪 詩真音から「にいさん」と呼ばれている。
桁木紡羽 彪のグループメンバー。伝説の武道家の娘。
烏栖埜美箏 彪のグループメンバー。扮装の名人。