謎が謎を呼ぶ、長編ファンタジー小説、前編。
就職を機に上京した橘子は良き先輩社員に恵まれ、
消息不明だった幼馴染・清躬との再会も果たす。
一方、清躬の戀人・紀理子は忽然と姿を消す。
そして、橘子も謎の屋敷の者たちによって危機に陥る。
「希望は蜘蛛の糸に過ぎない」と言われた橘子だったが――
就職を機に上京した橘子は幼馴染・清躬の恋人であるという紀理子と出会い、次第に打ち解けていく。「私のお友達になっていただけます?」紀理子にそう言われた橘子は…。山本杜紫樹氏の著書『相生 上』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋して、謎が謎を呼ぶ長編ファンタジー小説をご紹介します。
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なつかしい写真
橘子は棟方さんを居間にとおした。
部屋に入ったところで、
「あの、これをどうぞ」
と棟方さんから紙袋をわたされた。
手土産に持って来られたものだろうが、自分が貰うのは筋違いだった。
「え、そんな。だって、これ、清躬くんの御実家のために用意されたものでしょ?」
「でも、もうきょうはそちらへ行けませんし。使いまわしで本当に失礼だとおもうんですけれども、御挨拶のしるしにはなるとおもいますので」
そう言われても、自分が呼び込んでお土産まで戴いたら、暗に催促したようなかたちになってきまりがわるい。でも、お互い立ったままここでおしあいっこしているのもぐあいがよくない。
今度は橘子が折れて、それを受け取った。紙袋に書かれてあった店の住所表記を見ると、東京だった。棟方さんをテーブルにつかせ、紙袋を示しながら尋ねた。
「東京からいらっしゃったのね?」
想像はしていたことだったが、橘子は念のため尋ねた。
「ええ」
「まあ、随分遠くから」
「はあ」
「ひょっとして、清躬くんも東京?」
そう言ってから、ひょっとしてとは變な言い方をしたと感じた。
「ええ」
「あ、そう」
橘子はおもわず口許が綻んだ。今も東京にいるんだ。まあ、当たり前か。
「あの、私、短大卒業したら、四月から就職で東京に出るんです」
「就職? あ、東京に? そうなんですか?」
初めは橘子の言葉の意味が掴みかねたようだが、すぐ棟方さんから珍しく燥ぐような声が出た。自分が東京に来ようがどうしようが、初対面の相手にとってはどうでもいいことで、寧ろ余計なことであるかもしれないのに、かの女の声には本当にうれしそうな響きがあった。
橘子は棟方さんにお茶を出そうと飲み物の希望をきいて、結局温かいインスタントのココアを出すことになった。また、お持たせではあるが、棟方さんの手土産のお菓子を幾つかかごに盛って出した。
「あの、すみません。檍原さん──の下のお名前はなんとおっしゃるのですか? 私、棟方と名乗りましたが、下の名前は紀理子と言います。紀伊國屋の紀に、理科の理に、子供の子です」
棟方さんが自分から名前を名乗った。
【相生 上 登場人物】
檍原橘子 20歳。地方の短大を出て就職で上京。
檍原清躬 20歳。橘子の幼馴染。特殊な絵の才能の持ち主。
清躬の父
清躬の母
棟方紀理子 20歳。大学生。清躬の戀こい人びとだが、別離した。
津島さん棟方家のメイド。
小鳥井和華子 橘子、清躬の小学校時代の憬あこがれのおねえさん。
和歌木先生 清躬の小学校四年生の時の担任の先生。
杵島紗依里 一時期、清躬の親がわりとなった女性。
鳥上海祢子 橘子の職場の先輩(教育指導係)。
緋之川鐵仁 橘子の職場の先輩。
松柏さん 緋之川の戀人。
寮監さん夫妻 橘子の住む寮の管理人夫妻。
会社の健康管理室の看護師
小稲羽鳴海(ナルちゃん)9歳。清躬となかよしの利発な子。
小稲羽梓紗 鳴海の母。同居はしていないが、神麗守の母でもある。
和邇青年の想い人 梓紗の母。和邇の青年時代に戀い憬れたひと。
神麗守(小稲羽神陽農) 15歳。和邇家で養育されている。
紅麗緒 15歳。神麗守と一緒にくらしている。
和邇のおじさん 資産家。東京に大きな屋敷を構えている。
根雨詩真音(ネマ) 20歳。大学生。彪のグループメンバー。詩真音の母和邇家の家政を担当。
隠綺梛藝佐 23歳。和邇家で、神麗守、紅麗緒の養育を担当。梛藝佐の姉医大を出て、病院勤務。和邇家の主治医。
和多のおじさん、おばさん 和邇の元部下。建設会社などを経営。
楠石のおじさん、おばさん 和邇家の車まわりや庭の手入れを担当。
稲倉のおじさん、おばさん 和邇家の賄を担当。
香納美(ノカ) 20歳。稲倉夫妻の子。大学生。彪のグループメンバー。
柘植くん 香納美の戀人。彪のグループメンバー。
神上彪 詩真音から「にいさん」と呼ばれている。
桁木紡羽 彪のグループメンバー。伝説の武道家の娘。
烏栖埜美箏 彪のグループメンバー。扮装の名人。