何はともあれ、このコネチカットの銀行家はチームの一員になった。

私の仕事が終わり、採用者が全員契約書簡を受けとって初めて、私達は諜報共同体への助言機関であるCFIUSサポートグループとして正式に組織されたことになる。私達は非公式にアメリカを外国の財務的脅威から守る『特攻大作戦部隊』と自称した。

私達は7年間活動して成果をあげた。2007年の始め、諜報共同体が通信事業の買収に気を取られていた頃、私達は金融機関が次の戦場になると警告を出していた。まさに予知通りになった。2007年後半、金融パニックの最中ウォールストリートは中国、韓国、シンガポール、それにアブダビのそれぞれの国の財産をベースとするファンドに駆け込んで、破産したベアスターンズ、リーマン、シティ、それにモルガンスタンレイに新規資金の注入を求めようとしていた。

この取引は私達が警告した国家安全保障に対する脅威となる典型であった。特攻大作戦部隊の仕事は非常にうまく行ったので、ある日ペンタゴンの役員がラングリーに来て私に防衛省内部に同様の組織を立ち上げることができるか質問した。この新しい組織は防衛省自体がCFIUSインテリジェンスを駆使すること及びアメリカの武器システムの輸出管理に係る諸問題解決をアシストすることになる。

2013年の半ばから、私達のグループは密やかに廃止された。私達は2013年10月の定例会議が当時の政府機能停止の恐れがあることから延期されたと告げられた。会議はその後開催されることは無かった。2014年1月に正式の廃止通知の書面を受け取った。最後の会議が2013年4月で、その後中止等が続いたため、私達は当時廃止については知らなかった。特攻大作戦部隊は解散され、私達のサービスは必要とされなくなった。私は諜報共同体の他の任務を引き受けていたが、私のCFIUSの日々は終わってしまった。

私達はこの助言機関の廃止は予算のためと説明を受けていたが、今ひとつぴんとこなかった。私達は大半がボランティアで、旅費代を支払ってもらう程度で、報酬はほとんど無かった。ラングレーのビュッフェでランチを食べても、皆からカネを集めたりしたほどだ。

私達は政府が経験した中で、多分コスト当たり最大の価値をもたらしたと自負している。しかし、命令は命令だ。ランドリー少将は引退し、悲しいことに2015年6月に亡くなった。私はプライベートに、2013年に国家情報局長だったもう1人の将官ジェームズ・クラッパーが私達の活動を停止させたときいた。なぜそのようなことをしたのか理由はわからない。ランチとわずかな飛行チケット代以外に何か理由があると今でも思っている。