ちなみに、『わんぱくフリッパー』では、ボンベを背負って潜る場面がよく出てきたが、空気の充填に不備があり、息ができなくなるという刺激の強いシーンがあった。

未だにダイビングを試してみる気になれないのは、このシーンの編み込みによる可能性が高い。ということもあるが、『わんぱくフリッパー』の記憶には、快(心地良さ)のラベルが付いている。

意思決定・アクション選択の仕組み

夏の夜、友達と初めて肝試しにお墓に行く、という話になったとする。

すると「お墓まで行って、怖くなってみんな逃げ出して、一人になったら、やだなぁ、行くのよそうかなぁ。」とか考える。

これは立派なストーリーの創造で、場所と時間を設定の上、自分を含めた登場人物の想定される会話や動きが、瞬時にシミュレートされている。

お墓の風景、友達一人ひとりの属性(顔・声・会話履歴・行動履歴など)、見聞きした肝試しの情報などの記憶を引っ張り出し、今夜の肝試しでありそうなストーリーをいくつか予測して作成し、併せて各ストーリーに付帯する快不快情報の強度をチェックして(一人になっちゃうストーリーが、不快レベルが最も強い)、取るべきアクション(行くかどうか)を決定しようとしている。

膨大な情報処理を瞬時に行っていることに改めて驚く。

さて、肝試しのシミュレーションをして、選択すべきアクションを決定することは、自分の中で行われているのは間違いないが、その意思決定(行くかどうか)は、自分が意識的にコントロールしているのだろうか?

まずシミュレーション。意識的にシミュレーションしてみようと思って始める場合と、意識しないのに気が付くとシミュレーションが行われている場合がある。

ただ、意識的にシミュレーションを始める場合でも、シミュレーションしてアクションを決定する、というアイデアは、どこからともなく湧き出てくる。

 

つまり、シミュレーションするという行動は、意識的には起動できないということ。

だから人によっては、事前のシミュレーションという発想自体が出て来ないで、何も考えずに行き当たりばったりの対応になることも、もちろんある。

例えば、肝試しに付帯する快不快の強度が低い場合はシミュレーションが起動されない可能性があるだろう。

※本記事は、2020年12月刊行の書籍『意思決定のトリック ―身近な体験に基づいた人間理解―』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。