隣で聞いていた私は最初の音は聞こえなかった。隣の夫婦もあまり気づいていないようであった。だが良く聞いているとうっすらペタペタと音が聞こえてくる。

このマンションは床下で全ての部屋が繋がっているので多少は音が漏れてしまうようである。主婦A子は鬼の首を獲ったというように「ほうら。しっかり音がするでしょう」という。

この程度で文句をつけるのかという思いは一旦胸にしまい我が家の部屋に隣人夫婦と一緒に戻る。最初、私達夫婦は迷惑を掛けているということで申し訳ない気持ちを表しながら接していた。

主婦A子の夫はそれでも会社員で常識的な対応をしていたが、A子は威丈高になりとんでもないことを口走るようになった。それは罵るといっても過言でないほどの言葉だった。

「私の子供が受験に失敗したらどうするの、どう責任とってくれるの」

私たち夫婦は唖然として聞いていた。すると、更に驚くべきことを口にしたのだ。

「隣に障害者がいると部屋の資産価値が下がるから出て行ってくれ」

私はその言葉を聞いた瞬間、頭が沸騰した。

この女のクビを締めてしまおうかという位の衝動に駆られた。妻の方をみると妻は下を向いて必死に怒りをこらえているようであった。

悔しくて泣いているようでもあった。妻の姿を見て私は多少冷静になった。ここで感情を爆発させ暴力沙汰になったらこれで終わってしまう。

私は必死に堪えた。しばらく沈黙が続いた。外から列車の通過する音が窓の方から僅かに漏れてくる。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『ショー失踪す!』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。