「すぐ追いつくでしょう。私は少女に然るべき教師をつけることにします。しかし、ターサ殿、貴殿にお願いしますが、収監されていたという記録を抹消していただきたい。また、少女が逮捕された背景伏線と関連のある書類はすべて廃棄していただきたい。我々は少女に新しい名前を付けてやらないといけない」

彼はここで黙り込む。考え込んで、自分の仕事机にちょっと視線を投げかけ、そこに開かれてあった新聞の四コマ漫画の面に見入る。そこには毎日掲載されるアメリカの四コマ漫画欄があった。これは最近になって流行りだしたもので、今ではどの有力紙でも見かけられる。

この漫画の欄の名前は「孤児の少女アンカ」だった。「アンカ」と、大尉は小声で言って、ミレンコヴィチの眼をのぞき込む。「彼女をアンカと呼ぼう。アンカ……」

彼の視線は再び窓の向こうの光景をうろついている。建物の脇の通りで荷馬車便の運送屋が雪に覆われ始めるのを見る。まるで暗い幽霊のような光景。その運送屋の標識に真紅の塗料で書き込まれているのは、

「ツキチと息子達」

「……ツキチ。今日から先は、この子はアンカ・ツキチだ。ターサ殿、お願いですが、彼女のために、公的証明書が発行されるように根回ししてください。他の事は私がやります」

そう言ってやっとミレンコヴィチがずっと勧めていた杯を受け取り、一気に飲み干した。まさに獄死寸前だった不幸な虐待児に対して、何か新しいものを創造し、国家と王権に貢献できる人物となるように試すチャンスがディミトリイェヴィチに与えられた。

もし、その実験がうまくいったなら、この少女と同様な他の人も、あり得よう。でもうまくいかなかったら、その時はミリツァ─いや、ミリツァじゃない─アンカは、別に、何も失うものはない。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『私たちはみんなテスラの子供 前編』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。