これで当初予定していた寺院五つを全て回り終えたことになる。このまま京都駅に戻っても、乗車予定の新幹線の発車時刻まで優に三時間ある。

どうしよう。

そういえば、歩いて行ける距離に大覚寺がある。中学、高校時代、時代劇をよく見ていた。

あの頃は、民放各局がゴールデンタイムに時代劇を放送していたものだ。僕は、里見浩太朗の流れるような淀みのない、美しい殺陣がお気に入りだった。

そんな時代劇好きで、年寄り臭かった僕は、番組のエンディングのテロップで「撮影協力大覚寺」というのをよく見ていたので、大覚寺は馴染み深い寺院だ。在学していた大学が京都にあったので、学生時代に訪れたこともある。

しかし、女房はまだ行ったことがないので、訪問するにはよい機会だ。急遽、追加で行くことにした大覚寺に向かう。

僕は疲れて、歩くのが辛い、女房も辛そうだ。大覚寺に向かっている人たちも辛そうに歩いている様に見える。

歩きながら、ふと思い出した。大学入学したての頃、時代劇のエキストラのアルバイトをやりたくて、太秦映画村に隣接する東映の撮影所まで行き、アルバイトの登録をしたのだ。

とりわけ、町奉行所の同心の黒紋付の羽織に黄八丈(黄色っぽい地の格子柄の着物)の着流し、それに朱の房の十手を差す粋な姿に憧れていたので、同心役のエキストラをしたかった。

結局、声がかかることもなく大学を卒業し、僕の時代劇熱も冷めていった。

大覚寺は、元々は平安時代の初めに嵯峨天皇の離宮として造営されたものである。そのため、庭湖と呼ばれる大沢池を擁する境内は広大である。

拝観の受付で「大沢池も一周して下さいね。紅葉がきれいですよ」と言われたが、僕も女房も「もう無理。勘弁してください」と心の中で呟く。

二人共、ライフゲージがほぼゼロになっていたのである。

※本記事は、2020年11月刊行の書籍『サラリーマン漫遊記 センチメートル・ジャーニー』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。