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第2部 第1章 内臓の神秘、その前に

今日は朝から雨が降っている。

午前中は、発生学と生理学の講義だった。発生学は受精の瞬間からの、細胞分裂と分化を繰り返して人間が生き物として完成する過程を学ぶのだが、よくもまあこんなに多数の複雑な段階を全て無事に終えて、正常な赤ん坊として誕生するものだと思う。

だれもがどこかで一つくらい間違いがあっても、不思議ではないとさえ思った。最近、腰が痛くて整形外科でみてもらったが、先天的な脊椎分離症と言われた。それくらいは我慢しようと思っている。

生理学は解剖学実習と平行して進めるにふさわしい、非常に重要かつ有益な学問で、大多数の学生は熱心に聴講している。

自分にしても重要で興味のある学問だとは思うが、やはり外で雨に降られると、憂鬱だ。しかも午後に雨のしとしと降る中、ライへと向き合って解剖すると思うと、何となく気が滅入って来る。

本日から、いよいよ体幹の解剖に移る。心臓、肝臓、腎、肺、胃、腸などなど。一般常識として、心臓は左によっているとか、肝臓が右の方にあって、胃は左から右へ斜めに傾いていると聞き知っている。すぐにでも、内臓の解剖に移るもの、と予想していた。

ところが、自分の興味はくじかれた。テキストにざっと眼を通してみると、最初は体壁すなわち胸壁や腹壁の筋肉と構造などの観察から始め、胃や腸などの内臓はかなり後だ。内臓の神秘の前に立ちはだかる筋肉の壁というところだ。

取りあえずテキストに従い、胸腰筋膜と固有背筋から始める。あまり聞いた事のない名称だ。胸腰筋膜はずっと前に出て来た背中の広背筋の続きらしい。固有背筋も背部の筋なので、ライヘをうつ伏せにしなければならない。

これも一つの区切りの儀式だと思って、四人で抱えて回転する。両手がない分、以前よりかなり軽い。肩から先の両腕がない人体というのは、想像以上に奇妙なものだが、それが自分たちのせいだというのは、もっと不思議な感じがする。