二 日本文化と世界

17 来る年

北から南へ、木々の葉が紅に染まる頃、日本は冬の訪れを迎える。木枯らしが吹きすさぶ師走の街。

夜の店先に、華やかなクリスマス・ツリーが、きらきらと光る。

十二月二十五日・クリスマス。懐かしい外国の知人から、色鮮やかなクリスマス・カードが届く。クリスマス・カードは、忘れられぬ思い出と、人の心のやさしさを、改めて運んでくれるのだ。冬至を太陽誕生の日として祝う習わしが、キリスト教と結びつき、クリスマスの祭りとなった。

日本にも、冬至を生命力、復活の日として、祝う風習がある。この日、食卓には南瓜を出し、ゆず湯に浸るのである。年の瀬のクリスマスが、日本に定着したのは、わずか四十数年前である。

しかし、西洋文化との繫がりは、長い歴史を秘めている。正倉院に納められた、深い煌きの七世紀のガラス杯。ローマやビザンティン帝国に起源をもつペルシャ産のグラスだ。それは大陸をへて日本に渡った。

七世紀、隋・唐から日本に渡来した文化は、様々な芸能を根づかせた。散楽、催馬楽、田楽。十四世紀、それら先行芸術を集約する形で「能楽」が誕生する。あたかもルネッサンスと時を同じくするのである。

ギリシャ・ローマの文化を土台に、新しい時代の、扉を開いたルネッサンス。その風は日本にも吹きよせた。十六世紀、キリスト教の伝来。絢爛豪華な桃山文化の開花。雄壮な狩野永徳の屛風。華麗な長谷川等伯の襖絵。豊潤な色彩の能衣裳。そして格調高い能舞台。往時の舞台は、今も国宝として西本願寺に威風をとどめるのである。

泰西の美術はレオナルド・ダ・ビンチ、ラファエロ、ミケランジェロ以後、さらに人間の根源を求めつづけ、印象派、抽象絵画へと変遷する。能は、同じように、人間の感性に訴える手段として、写実的なものから印象的なものへと、姿を変える。一つひとつ、無駄を削りながら、新しく手を加え、心の深淵を表現するため、六百年かけて様式を創り上げる。

文化には、その国の歩んだ歴史や思想が凝縮される。中身をしっかり見きわめることにより、人の考え方、その国の主張が、はじめて理解できるのである。

日本は中国、朝鮮半島、東南アジア、さらには西洋の文化とも接点をもってきた。経済的に恵まれている。今日の日本は、国際化の中、文化を切り口とし、相互の関連と理解を、深める必要に迫られている。その第一歩は、自国の文化力を充分に把握し、相手に語ることから、はじまるのである。

歩んできた足跡を、しっかりと見つめ、明日にむけ、確かなビジョンを持つことが大切だ。今、「一九九三年」あと七年で二十一世紀を迎える。

一九九三年の大晦日、除夜の鐘に、心を澄しながら、幸が末永く続くことを願い、年越し蕎麦で、去り行く年を思う。

明くれば新しい年、メッセージをちりばめた賀状が届くのである。人の住むところ、幸はグローバルに訪れなければならない。

 

※本記事は、2018年11月刊行の書籍『世を観よ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。