エミリア:宗教であれ哲学であれ、唯一論になると独裁的になる危険性があるわね。多様な思想があり、それぞれの価値観を吟味して自身の信条を持つことが教養的とも言えるのではないかしら…。

わたしはユダヤ系ポーランド人なのよ。ユダヤ教には三つの宗派があるけど、保守的かリベラルか、なのね。わたしはリベラル派なので比較的に自由なのよ。

ユダヤ教の特徴はね、母系社会なので母親の系統によって家族・血縁集団が組織されている点にあるのよ。父親は子に対する法的権利がなく、たとえば、わたしがイサオと結婚して子どもが生まれるとユダヤ教になるのよ。

イサオ:普通の社会では父系がほとんどだと言えるけど、ユダヤ教は女性を重視する宗教文化とのことで、「母は強し」まさしくレディーファーストであり素晴らしいね。

日本の長い伝統の中においては「亭主関白」だったけど、最近では「かかあ天下」と称される傾向もあるんだ。

エミリア:それっておもしろい現象だわね。

イサオ:仏教のことだけどね。自宅に備えてある仏壇に毎朝供え物をして拝む慣習があるんだ。ぼくは仏教の経典は読めないし聞いても分からないけどね、禅宗と称するものがあって、それを世界的に広めたのは鈴木大拙の『禅と日本文化』(一)なんだ。

文献的考察によるぼくの解釈では、己の存在は自然界の一部であり、それとの調和を保ち坐禅によって己の内面を探り、邪心を捨てて無我の境地になること、つまり、己の仏性を内観することなんだ。

日本の哲学者に西田幾多郎という人がいてね。彼の思想背景には、東洋的宗教哲学があるんだ。特に、禅宗体験に基づき西洋哲学の主観と客観との対立とか、現象と実在との区別などを批判し、限りなく直接的に根本的な視座を重視した人だとぼくは考えているんだ。

※本記事は、2021年2月刊行の書籍『魔女と詩人との対話』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。