「あの人は、死ぬ場所を求めてここに遣って来たのかも知れない」

雨に濡れながら去って行く女の漂わせる暗く絶望的な雰囲気が美紀にそう思わせた。そう思うと放って置くことはできなかった。半分ほど食べた手捏ね寿司を残して美紀は勘定をそそくさと済ませ、玄関の傘立てに挿した赤い傘を急いで抜き取ると女のあとを追うように店を出た。

「ちょっと、ちょっと待って。貴方、傘を貸してあげるわよ」

美紀はそう言って先を歩く女を呼び止めた。女は肩まである髪をすっかり濡らし、訝しそうに振り向いた。着ているワンピースの裾からも水滴が垂れていた。

「ずぶ濡れじゃないの。そんなに濡れたら体に良く無いわよ。傘というよりどこへ行くの? 近くだったら送って行ってあげるわよ。私、車だから」

美紀は傘を差し掛けながら女に話し掛けた。

「有難うございます。でも、結構です」

女はそう言ってずぶ濡れの頭を軽く横に振った。相手は結構ですと言っているじゃないか。それなのにお前は何をしようとしている。関わるな。見知らぬ女のことなど放って置け。そんな声が頭のどこかで聞こえた。

面倒を抱え込もうとする自分の馬鹿さ加減に少し呆れながらも乗り掛った舟だとの思いに押されて美紀はあとに引かなかった。老いて行く己の身一つ守ることだけが唯一生きる目的では悲しすぎる。家族のいない者の寂しさからか美紀は無意識のうちに人との関わりを求めてしまったのだ。

「結構ですって何言っているのよ、貴方。大丈夫? こっちに来て」

美紀は強引に女の手を取った。女は少しためらいを見せたが大人しく美紀に従った。二人は

レストランに戻り駐車場に停めてあった美紀の車に乗り込んだ。

小さな海辺の町で生まれ育ち、スナック「漁火」で働く美紀には小学生の頃の忘れられない思い出があった――。つましくも明るく暮らす人々の交流と人生の葛藤を描いた物語。