【人気記事】JALの機内で“ありがとう”という日本人はまずいない

第六章 踊る大紐育

四十八年十月、MGMは「踊る大紐育」の映画化を公表し、さらにひと月もたたずに、コムデンとグリーンが脚本を担当すると発表した。監督はジーンとスタンリー・ドーネン。振付けもジーン。

主要キャストは三人の水兵に、「私を野球につれてって」から引き続いて、ジーン、フランク・シナトラ、ジュールズ・マンシン。ジーン扮するゲイビーが追い求める「ミス地下鉄」アイヴィー・スミスに、「ワーズ・アンド・ミュージック」で共演したヴェラ=エレン。シナトラに一目惚れするタクシー運転手ブランヒルデにベティ・ギャレット、マンシンの恋人の人類学者クレアにアン・ミラーがそれぞれ決まった。

映画の企画段階では困難もあった。フリードは当初から、バーンスタインの曲が前衛的すぎて大衆相手の映画にはそぐわないと考えていた。そのためバーンスタインの曲の利用は一部にとどめ、ナンバーの多くを新たに作るつもりだった。契約上からもMGMはバーンスタインの曲のすべてを使わなくてはいけない義務はなかったが、一方でバーンスタインには新しく使われる曲に対する第一拒否権があった。

この問題を解決するため、MGMの法務部が間に入り妥協策が話し合われた。結果として、バーンスタインが拒否権を放棄する代わりに、MGMは映画で未使用の曲の権利をすべてバーンスタインに返却することで両者は合意した。また彼が映画のクライマックスで使われる曲を作るためにカリフォルニアに来ることにも同意した。それでも自分の曲を映画でどう扱われるのか不安になったバーンスタインは、編曲を旧知のソール・チャップリンが担当するようフリードに頼んだ。

バーンスタインのスタジオへの態度は寛大だったが、このような事態を心から納得していたわけではなかった。後年のインタヴューで、MGMには自分の名前を大きくクレジットに出すことは止め、使った曲だけに名前を載せてくれるよう言ったと述べている。