そんなある日、一通の手紙が届いた。多恵子の父親からだった。非常に丁寧な誠意を感じさせる内容のものだったが、要点は「家の娘と交際しているようであるが、どのような気持ちでいるのか、結婚を前提として交際しているのか」を問うものだった。

杉井が多恵子に宛てた手紙にはある程度目を通していたと思われ、どの程度の頻度で会い、どんな話をしているかは概ね承知しているようであった。娘のことを心配している様子が随所に感じられ、年頃の娘の父親としては当然の気持ちであろうと杉井は思った。

杉井は直ちに筆を取り、

「私は多恵子さんとは友人として交際し、それ以上のものは何もなく、また私自身軍籍に身を置き、明日のお約束もできない状況にあります。ご両親に思わぬご心配をおかけし、誠に申し訳ありません。ご交際はこれきりに致します」

との内容の返信をした。

自分の気持ちに素直であるということは大切なことであり、感情の赴くままに行動することも場合によっては許されることもあるのだろうが、冷静に考えて行動の選択が一つしかあり得ない時は、できるだけ早くそれを行動に移さなくてはいけないのであろうと杉井は思った。

多恵子との結婚など考えたこともなかった以上、もっと早く打ち切らなくてはいけなかった。多恵子には本当に申し訳ないことをしたと思った。

次の日曜日、多恵子はまた面会に来た。面会所に行くと、いつになく悄然と、多恵子が座っていた。

「謙一さん。お変わりありませんでしたか」

「えっ、はい」

「父が失礼なお手紙を差し上げてごめんなさい。謙一さんは、これから軍隊で偉くなろうとしているのに、私と結婚なんて考える訳ありませんわ。私だってそんなこと考えたことありませんもの。父だってそのくらいのことは分かっていると思いましたのに。ですから、父のことは気にしないで、これからも今までどおり、私と会って下さい」

いつもどおりに杉井を見つめる多恵子の目は涙ぐんでいた。杉井は動揺した。

自分も引き続き会いたいと思っていたと言ってしまいそうだったが、ここは心を鬼にした。

※本記事は、2019年1月刊行の書籍『地平線に─日中戦争の現実─』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。