内輪の話

内輪の話といえば、外に出さない個人的な話、家族・親戚などの身内の話、自分が属する組織内部などの話を指す。

外部の人には直接関係のない、小さな世界の話である。内輪の話が外に出ると、当然、厄介なことがある。たとえば、外の人に理解を得られにくく、正しく伝えられない、無責任な噂話の的にされてしまう。

私的過ぎて当事者は過剰に意識し、ストレスを生むなどだ。内輪の話が外に出て、いいことはあるだろうか?

少しはありそうだ。

たとえば、思わぬ傾聴すべき意見を聞ける、一緒に親身に考えてくれる人も出てくるかもしれない。外の見知らぬ人が、自分の身近に感じられるかもしれない。

しかし、内輪の話は本来が内にあるべきで、外に出ると、内外をまたがった話になる。これはその話の持つ本質が、変わってしまうことを意味する。内に留まっている間は密度の濃い存在だが、いったん外に出ると密度が薄くなるだろう。

「密度」という言葉がわかりにくければ、「重要性」と言ってもいいと思う。

内輪で留めておくうちは重要性があるが、外に出ると内輪の話でなくなり、「巷の話」に変身してしまう。「内輪の話の重要性は何か」と申せば、それは「少数が共有することの重要性だ」と言えよう。

少数しか知らなければ、その話は発展しない。一般に話はよく発展するが、内輪の話は発展しない、普遍性のない、そして個性豊かな話だ。外の話とは何の繋がりもない一個の話だ。

外の話はお互いに繋がっているが、内輪の話は外に出ない限り、時間が経てば消えてしまう。外との繋がりがない故、時間が経つと、なかったも同然の存在になる。

なかったことにしたい話は、内輪の話として留めておくのが賢明だろう。

この実践は、「内輪を仰ぐ」ことで成し遂げられる。

睡眠の謎

睡眠は人間にとって不可欠なものだろう。

世の中には、米国のアル・ハーピンのように睡眠を取ることなしに、九十四歳まで生き続けた、と伝えられている人もいる。

一方では、三日も睡眠を取らず徹夜作業を続けて、突然死に見舞われる方もおられる。