I 台風到来

一方名指しされた山田は基盤製造が赤字体質であることは理解していたが、現状は目一杯の生産活動を行っている上に利益を追求され、いささか途方に暮れ頭を悩ましていた。

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穏やかな空気はここまでであった。

次の小松の言葉に一同息を呑んだ。小松は話し始めた。

〈小松〉二つ目は、来年度から3カ年の目標を今から掲げる。1年目、2年目は今年度以上の営業利益を確保すること。具体的な数字は後ほどとします。そして最終の3年目の決算では、営業利益10億円を達成すること。これが目標です。

実に今年度の5倍の営業利益の確保となる。目的達成の手段は一つではない。沢山ある。その中から最も経済効果の優れた手段を選択して確実に実行してほしい。

目的の達成には投資も必要になるかも知れない。しかし生産増イコール設備投資と短絡した考えは良くない。資金難よりも設備を増やすスペースもない。そして投資には経済的な優位性も求められることになる。この目まぐるしい世の中では投資資金の回収は3年以内で考えておくことが必要となる。

先ほど言った通り目標は営業利益であって売上高ではない。このことを肝によく銘じて取り組んでもらいたい。このプロジェクトは、木島経営室長をリーダーに約3カ月弱の11月までに単なる『案』ではなく実行がスタートできる計画としてまとめ上げてほしい。

小松は二つの課題を述べると木島室長に「あとは宜しく……」と言わんばかりに目配せをして会議室を出て行った。会議室内には重たい空気と静寂さが漂い、誰一人として口を開こうとするものはいなかった。しばらくの沈黙のあと、営業部長の中田がおもむろに話し始めた。

〈中田〉今期は営業利益2億円に対して20億円の売上を目指している。営業利益を10億円、すなわち5倍にするということは単純に売上も5倍の100億円にするということになる。

何も検討していないで言うのもおかしいかもしれないが、社長は何を根拠に5倍の営業利益の数字を持ち出したのでしょうか。私にはショックで信じられない。

メンバー一同はもっともという顔で首をたてにふっていた。事務局を務める長田は立ち上がり話し始めた。

〈長田〉確かに売上高を3年で5倍にするということはほとんど不可能に近いハードルだと思います。それではどのくらいまでだったらギリギリ可能でしょうか。例えば2倍の40億円でも論外ということになるでしょうか。3年先のことですが……。

〈中田〉営業利益が目標だが、売上40億円というとどのくらいの伸びになるのかな。

〈長田〉ちょっと待って下さい……。単純に計算しますと年平均25%になります。

〈中田〉25%か。これもかなりハードルとして高いな。だけどこれを否定してしまったら何も出てこない。しかし40億円の売上で10億円の営業利益を稼ぎ出すことなんて不可能じゃないんですか。

中田はあくまでも頭の片隅で社長の二番目の課題は〝お題目〟で皆に〝奮励努力せよ〟というハッパ掛けのようにしか思えてならなかった、そのとき、今まで冷静に皆の会話を聞いていた経理・購買も兼務する総務部長の清田がホワイトボードの前に進み、マーカーを手にして話しながら何やら書き始めた。