「元気になってまたお礼に戻ってきます」

「伊庭さん、戻ってくる戻ってくると言う人ほど戻ってこないんだよ」

と中堅の看護師さんがニコニコしながら言ってくれた。

「いつかまた顔が見られるといいけど」

主治医も声をかけてくれた。この先生に俺は助けられたんだ。

第二章 千駄木苦悩の三週間

飛行機は初めてで少し緊張した。

座って乗ることができず、座席二人分を使って仰向けの姿勢で運ばれた。わずか一時間程度の空の旅であったが、小樽で過ごした半年近い苦しみの入院生活と、これから先どうなるのかとの不安や、仲間に会える期待感などが去来していた。

何よりも聡子の顔が見たかった。入院中の手紙による励ましや、数日前の電報による誕生日祝いは嬉しかったが、それよりも会いたかった。話がしたかった。

羽田空港で機外に出ると暑さが尋常ではなかった。気温も湿度も低い北海道に比べたら当然のこととはいえこれほどまでに暑いとは思わなかった。うだるような暑さが不快指数を押し上げているのが肌で感じられた。

「伊庭ー、やっと帰ってきたか」

空港を出ると、手を振りながら笑顔で迎えてくれたのは高校のスキー部で一緒だった大口おおぐちだった。他に吉楽よしらく祢津ねづ、吉越の後輩の松木も来てくれていた。

「やあ、久しぶりだなー。わざわざ来てくれてすまん」

「何言ってんだ、俺らみんなお前の帰ってくるの待ってたんだぞ。水臭いこと言うな」

と一瞬誰か分からなかったが耳の傍で聞こえた。

「うん、ありがと」

「それよりお前、痩せたなー。きつかったんだろーな」

「うん、まあな」

「お帰りなさい伊庭さん、吉越さんは夕方病院の方へ行くそうです」

「ありがと松木、相変わらず黒いな」

「はい、いつも吉越さんにしごかれてますから」

「大変だったな伊庭」

次に声をかけてくれたのは祢津だ。

「小樽まで見舞いに行けず悪かったな」

「そんなことないよ、気にすんな。それより親父さんも心配してくれてたんだって、兄貴が言ってたよ」

「そうなんだ、高校のときお前が何度か遊びに来てくれていた頃を覚えていてな。えらく気をもんでたよ」

「そうか、よろしく伝えておいて。元気だからって」

「分かった、そうするよ」

文京区千駄木にある病院に着いたのは午後三時を過ぎた頃だった。

空港からついてきてくれた連中と入れ替わるように、吉越が入ってきた。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『季節の向こうに未知が見える』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。