ほんとうは、典子は自分の人生の大切な節目を、大学時代の関係者はもとより、幼なじみや中学、高校時代の友人、かつてのアルバイト仲間、それに陰で支えてくれた母親や叔母さんなど、典子の人生にかかわったすべての人たちに囲まれて祝福を受けたかったはずなのだ。

そして、典子が声をかければ、そうした人らが近くはもとより、はるか遠方からも駆けつけてくれることは容易に想像できた。

一方、人間関係を見切ったぼくにはそうまでして駆けつける友人、知人はほとんど考えられなかった。

卒業後もつきあいをつないでいる大学の恩師や仲間らを除いたら、ほんとうにただのひとりもぼくは思い浮かべることができなかったのだ。

庭は白く光ったままだった。

ノートに何かをしたためている者などぼくのほかにはいなかった。

ひとりで来る人間もほとんどなく、多くはふたりづれかグループだった。彼らは楽しそうな笑い声を残してぼくの背後を過ぎていった。

ごくまれに、ひとりで来たらしい若い女性がぼくのそばに腰を下ろして庭を見つめることがあった。

ぼくはそんな女性と話をできたらと思った。そういう女性になら自分の言葉が届くと思った。

でも、自分からは話しかけられず、向こうから話しかけてくれるのを待つばかりで、結局は立ち上がってそこから離れていくのをさびしく見送るだけだった。

人の声が途切れると、どこからともなく蟬の声が降りてきた。

休めていたペンをぼくはふたたびノートに走らせた。

※本記事は、2020年11月刊行の書籍『シンフォニー』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。