「ぼくは気になって仕方ないよ。話を聴くから下りておいでよ」

と言うと、その人影は、スルスルと枝を伝い、最後は羽ばたくように下りてきた。近くで見ると、まだ、少女っぽさののこる女性だった。

化粧もせずに膝丈ほどの麻織りのピンク色のマントだけで身を覆い、二〇歳前後と思えた中肉中背の女性は、明るいブラウンの髪を腰のあたりまで伸ばして束ねていた、瞳は薄緑で日焼けをしていたのだろうが、皮膚の色はアジア系のように見えた。

彫りが深い容貌には聡明さが窺い知れた。唇はふっくりして、口紅をつけていないのに天然のピンク色で、独特なハーブの香りを漂わせていた。夕やみが迫り始めていたが、沈みゆく夕日を背にして立った自然体で野性味のある彼女の姿がシルエットのように浮かび上がっていて、まるで芸術作品のようだった。

「やあ、名前は何ていうの? ぼくはイサオというんだ。アメリカ留学して仕事を含めて五年間滞在して、今は生まれ故郷の日本に戻る途中なんだよ」

「わたしの名前はエミリア・ゾーバーだけど、みんなはエミリアと呼ぶわ。あなたは日本人なのね。恥ずかしいところを見られてしまったわね。気にしないで、もう行くわ」

「待ってよ、エミリア。少しだけ話をしておいきよ。悩み事があるんだろう? こう見えてもぼくはアメリカの大学で理学療法士の資格も取ったし、臨床経験もあるからいろいろな相談事にものってきた経験がある。時間があるなら、いろいろと話し合おうよ、どうだい?」

こうして、自称詩人のイサオはポーランドで、不思議な女性との哲学談義を始めることになった。